然るを訊く
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    [20121108]

    車一台がようやくすれ違える狭い山道使い
    山を越えて常陸太田市の里山の中にある菊蓮寺を訪問する。

    階段を数段登って右手にある観音堂を覗くと
    3mを超える千手観音が聳え立っていた。




    説明をしてくださった檀家の方の話では現在は約500軒の家で
    この仏像たちをお護りしているのだそうだ。


    仏の手はシンメトリーにまるで華が咲くように
    広がっている。その巨体に似つかわしくないほどに
    表情は微かに笑を浮かべる。美仏だ。

    脇に従える不動明王と毘沙門天もともに
    木目がしっかりと見える平安仏である。

    ふと、お堂の隅にある黒い物体に目が留まる。

    本尊として祀られた千手観音はかつて佐竹氏に攻め入った
    軍勢の手によって火を放たれてしまった。

    そして千手観音は炎によって焼け焦げ
    お堂の隅に黒々とした姿で存在していた。


    その姿は自分の足で立つことはできず、
    観音堂に立てかけられており
    かつての威厳は炎と共に失われてしまっているようだ。

    この焼失した千手観音のお身代わりとして
    造立された現在の千手観音は鎌倉時代の作であることが
    胎内の銘文からはっきりしているが、その年代には
    似つかわしくないほどに平安初期~中期の魅惑的な
    表情をしており、私は心惹かれずにはいられなかった。

    現在は毎月17日に開帳をしているのだそうだが
    その際は網戸越しでの拝観となりはっきりとは見ることが
    できないのだそうだ。

    私の故郷からそう離れていない茨城県で
    山里分け入った田舎にこれほどの美仏が隠れていたことに
    日本の仏教文化がまるで血液のように隅々にまで行き渡っていた
    証明をこの菊蓮寺に見ているかのようであった。











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    [20120305]

    少し前の話。
    2012年の元旦に実家である
    栃木県周辺の寺院を巡った

    訪問した日は1月3日
    元三大師こと良源の命日ということで
    各地で大祭が行われていた

    栃木県の南部~茨城県の西部は
    昨年北関東自動車道が開通し
    交通の便が大変良くなっている

    寺岡山施薬院薬師寺
    元三大師への祈祷が大変有名であることから
    一般には“寺岡元三大師”の名で親しまれている




    朝一で訪問したのであるが
    国道の方まで車の列が伸びるほどに
    賑わいを見せていた

    本堂では元三大師像が1月3日のみで
    開帳をしていたが自分は
    あまりにも多くの参拝者が並んでいたため中に入っての
    拝観は叶わなかった、、というよりも諦めてしまった



    当山のHPを確認すると降魔大師像が収められているとのことだが
    秘仏ゆえそちらも確認することができなかった

    本堂の外は屋台が軒を連ねており
    この足利・佐野地域の名物である
    いもフライ”も売っていた
    これが今まで多くのいもフライを食べてきたが
    それのどこよりも美味かった



    県南地方の名物は数多あるが
    そのひとつ佐野ラーメンでお腹を満たした



    最初に記載した北関東自動車道を東に向かって
    県境を渡った天台宗曜光山月山寺







    1年で1日のみ本堂の元三大師像が
    開帳されているということを以前、
    月山寺美術館の観音立像を観に来た際に
    老僧から話を伺った

    ちなみに月山寺美術館は休館に入ってしまったということで
    中の青森県天台寺の諸仏に似ている観音像などは
    拝観することはできなかった

    綺麗に清掃が行き届いている庭園を抜けて本堂へ
    若いお坊さんが目的の元三大師像が本堂の奥に
    あるということを指し示してくれて
    長い渡り廊下を抜けて元三大師がそこにあった



    目を大きく見開いた、僧形像にしては量感ある
    大きな像であった

    暗がりの中にありながらも目を見開いた姿は
    とても印象に残った

    宇都宮への帰路の途中で益子町に寄り
    スターネット”で休憩













    帰りは芳賀町の城興寺(延生地蔵尊)に立ち寄り
    2012年のわが家の安泰を祈念したのだった


    角大師の御札もお忘れなく








    [20110218]

    北茨城という事実上の福島県から
    一気に南下。昨日訪問した笠間も通り過ぎて
    この日は霞ヶ浦の周囲をグルりと回った。

    日本一の広さを誇る、琵琶湖の周辺は

    湖北、湖東、湖南、湖西と一大仏像文化圏であるが
    日本二位として少し地味になってしまっている
    霞ヶ浦はどのような仏像文化圏をもっているのか
    それを確かめようと思って予定を立てた


    正月に下見をしていたので迷わず済んだ。

    今回訪問してみると正月になかったハズの囲いが
    この日出来上がっていた。



    美浦村布佐観音堂

    囲いは出来たばかりということもあって
    管理者の宮本さんから入り口が壊れやすいということを
    助言いただきつつ脇からお堂の中に入った。



    お堂の中は真っ暗で懐中電灯を使いながら

    内部の仏像である毘沙門天を拝した。



    慶派らしい特徴を残し、綺羅びやかさを思い起こせる
    装飾が散りばめられる。
    管理者である宮本さんは修理前のファイルを
    車から取り出し見せてくれたが、以前はまるで別人の
    毘沙門天だった。それはメディアの中の
    ビフォー・アフターを見ているようだった。
    (檜材 169.5cm)



    霞ヶ浦の西側から一気に東側へ横断。


    行方市西蓮寺 広い境内の中の

    薬師堂の裏側に厳重に保管された薬師佛を
    住職の奥様が開けてくださり拝観した。



    穏やかな古様の薬師如来は

    伏し目がちの眼で想像以上に大きさだ。



    驚いているのか、興味を示しているのか

    同行者は本尊を前に口をポカーンと開けていた。
    (榧材 146.3cm)



    薬師堂内にも案内していただき

    新薬師寺風のコミカルな十二神将像なども
    個性的であった。









    この時には光が薬師堂の近くまで差してきて
    堂内で冷えた足裏を日なたに移動し温めていた。

    潮来市大生(イタコシオフ)。潮来市文化財保護委員会の山澤さん

    教育委員会の箕輪さん方とともに観音寺の本尊 聖観音像を拝した。



    衣紋が鱗のような変わった形状をし、下顎が大きく張った
    特徴的な聖観音像である







    青空教室をしていると我々の訪問が珍しかったのか

    なんだ?なんだ?という不思議そうな顔で集まってきた。
    普段はあまり開帳されないのかもしれませんね。

    観音寺を出て、鹿島神宮、香取神宮を続けて訪れた。






    鹿島神宮は初めての訪問、香取神宮は2回目の訪問で
    香取神宮の参道でお団子を食べた。



    今回の旅の最後のお寺である

    香取市 荘厳寺



    本堂脇の収蔵庫を開けていただいて中に入ると

    とても大きな十一面観音像が鎮座していた。







    香取神宮の神宮寺の本尊であったとされる十一面観音は

    廃仏毀釈の折、この地へ移された。

    それを物語るように十一面観音像の脇には

    廃仏毀釈の年表が掲げられていたのが印象的であった。

    赤い漆が顕になって陶器のような、

    もしくは巨木そのもののような印象を受けた。
    翻波式も残し歴史の渦中に飲み込まれ
    現在は広い収蔵庫に収められた
    本尊は少しほっとしているように感じた。

    [20110215]

    栃木県と笠間は密接な結びつきがある
    それは先の栃木県民の鯖街道のような
    海へのルートとしての存在だけでなく
    文化的にも密接する。


    宇都宮頼綱の養子として育った笠間時朝は初代笠間城主となり

    笠間時朝が残した通称「笠間六体仏」を雪が降る中訪問した。


    まず最初に訪問したのが笠間市来栖の岩谷寺

    国道から入った里の中にひっそりと佇む寺院である。



    今回あいにくお寺の方はいらっしゃらず

    収蔵庫を開けて待ってくださっていた。


    雪に足を取られないようにゆっくりと

    収蔵庫へと近づく


    収蔵庫を自分たちで開け、中には

    一体は座り、また一体は立ち上がった
    二体の薬師如来像が鎮座していた。



    左側の立ち姿の薬師如来は写実性に富んだ

    様相から鎌倉期のものと推測ができる。
    背中には梵字を刻む。(185cm 檜材)



    右側の坐像の薬師如来は柔和な顔から

    藤原のころに製作されたものと考えることができる。
    (84.8cm 檜材)



    二体の薬師如来を見ると兄弟のようでもあり

    親分子分の関係のようにもみえてほほえましかった


    二体目は笠間市石寺の

    弥勒教会に収められている弥勒如来



    あと一歩のところで通行止めになるところをすり抜けて

    時間通りに訪問すると管理の石本さんが周辺を綺麗に
    掃除してお待ちくださっていた。



    慶派仏師の特徴を持つ本尊の弥勒如来は

    衣紋の彫りが深く刻まれており深く重なる。
    以前体をCTスキャンした際に体内の墨書から
    弥勒如来ということが判明する。


    像高175.2cmというほぼ自分と等身大の像ながら

    鋭さや威厳は全く及ばないと力量の差をただただ
    感じるのだった。





    弥勒教会からほど近い笠間市片庭にある楞厳寺では

    若々しい表情をした千手十一面観音が収蔵庫の中で
    厳重に管理されていた。



    鎌倉佛はやや少年漫画ジャンプの主人公達に似ているなぁと

    思うところがある。どことなくヒーローのような
    元気で闊達なパワーをこの像からは感じました。
    (193.9cm ヒノキ材)



    笠間六体仏のうち現存する三体の像を拝し

    この日の観佛を終わらせた。


    今回の旅のもう一つの楽しみだった

    民宿へ東北道を北上する


    福島県と茨城県の県境にある

    北茨城市は2011年に入ってすでに二度目の訪問となった
    民宿で出逢う冬の海の幸たち












    この日はサプライズもあり、皆様に多大なる感謝。


    予算以上にお酒を飲み、食事を終えたあとも

    部屋に戻って飲み会のつづき、


    そこも仏像loverの方々ならでは。



    古今東西!

    国宝の仏像!


    ってな具合で。


    外は極寒でもとても温い夜となりました。





    [20110214]

    昨夜の雪は勢いを潜め
    朝目覚めた時には太陽も見えるほどであった

    東京駅の地下で集合し
    首都高を経由して常磐道へ

    対岸の浅草の桜はまだ枝のみだった

    常磐道を北上しながら
    路面状況をチェックすると
    向かおうとしていた西光院への
    道は通行止めとなり閉ざされており
    急遽予定変更にて、
    翌日訪問予定であった
    土浦にある常福寺を訪問した



    ライトアップされた本堂の中央に
    十二神将を従えた薬師三尊が浮かび上がる

    ふくよかな下膨れの顔面や
    肩の丸みの表現などは藤原の表現に
    近いと言えるが、下顎、肉髻などは
    古色の表現も残している



    ここは二回目の訪問だけれども
    応対をしてくれたのは前回応対して
    くださった方の息子さんだったと
    お会いした瞬間にわかるほど
    ソックリだった。

    ※お父さん?!※


    笠間への道はチェーン規制がかかっていたのだけれど
    この朝、規制が解除されて高速道路経由で
    スムーズに到着することができた。


    桜川市というのは海無し県の栃木県民を
    海へと繋げる、国道50号へ繋げる役割を持つ
    という個人的な思い入れのある町


    桜川市の雨引観音 楽法寺では
    雪はやんでいたもののあたりは
    雪景色を残していた



    若いお寺の方に案内されて収蔵庫へと。
    そしてその前にある御前立を
    スライドさせ中に入る



    中には個性的な像が三体祀られていた。



    中尊が雨乞いを祈願する対象となった
    雨引観音という名前の由来となった本尊
    左に御前立として祀られていた室町時代の観音像
    右側には不動明王

    本尊は藤原初期と推測される珍しい八臂を持つ延命観音
    全てにおいて聖観音とはかけ離れた造形をしている
    (156cmカヤ材 内刳りナシの一木像)



    直立した様相に動きは少ないものの
    それを補って有り余るほどの手の表現


    腕については腰の位置で固定されているという
    姿は今までに見たことがない表現との遭遇だった






    近くの回転寿司屋でお腹を満たし
    同じ桜川市西小塙にある曜光山 月山寺へ訪問した



    法相宗の徳一によって建立されたと言われる
    月山寺は美術館を保有し
    お寺の文化財を収蔵している

    ご住職に美術館を開けていただき
    二階にある目当てである木造菩薩像を探した。
    木造菩薩像は美術館の奥のガラスケースに入っていた。






    近づく前には天台寺の聖観音と似ているように
    見えていたけれど、やや武闘派?!のような
    そんな印象を受けました

    ※岩手県 天台寺像※


    僧の学校としての役割を持つ月山寺は
    有名な寺院へ僧を輩出するという機能を
    もっているということを教わった



    荘厳な装飾をもつ千手堂の中では
    住職から

    『天台という宗派は何を崇拝してもいいという
     懐の深さをもっている』

    ということを教わった



    なお元三大師は1月3日に開帳があるということで
    益子の山を越えて、また桜川に訪問したいと思う


    桜川という名前から察するに桜が咲き
    迎春の景色が広がることが予想されるが
    その姿を拝めるのはまだもう少し先のコト・・・



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    株取引の流れ (11/20)
    とても魅力的な記事でした!!
    また遊びに来ます!!
    ありがとうございます。。

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