然るを訊く
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    [20110622]

    ことしの山はじめ



    去年よりも雪解けが遅くて
    装備が甘かったことを反省。。

    目標にしていた旭岳まで登れず。。



    でも山のうえでの食事は忘れず


    うんまぃ★

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    [20110204]

    日光東照宮の脇道から逸れ
    日光二荒山神社方面に歩いたところにある
    常行堂には、あまり知られることのない
    変わった阿弥陀像が祀られている




    栃木県出身者として唯一の名僧であった円仁が
    隆盛させた比叡山の影響は遠く離れた
    ふるさとの土地でもこの常行堂として形を残している。



    宝冠を被った阿弥陀如来と周りを
    取り囲む菩薩像
    そして全てが鳥に座するという極めて珍しい配置

    きらびやかな装飾ながら
    顔はどことなく厳しく感じた



    中央の阿弥陀坐像は平安期まで遡るが
    平安期ならではのふくよかさはあまり見られない。

    以前、地方佛研究会で栃木県を回ったときに
    誤って東照宮を回ってしまい、拝観時間を過ぎてしまって
    見ることができなかった像で、今回ようやく会うことができた。

    そして東照宮に来たときには必ず立ち寄る
    明治の館”の暖炉の前にて凍えたカラダを温めた。



    オニオングラタンスープ



    これは“涅槃”を意味する名前が付けられた
    ニルヴァーナ”というチーズケーキ


    栃木県の人でこれを知らない人はまずいない。



    カラダが温まったところ
    それを再び引き戻すかのように
    外にチラついていた
    雪は大ぶりになりカラダに吹きつけてきた。



    [20110120]

    真岡市にある専修寺へ訪問した。



    専修寺は真宗高田派の寺院。
    親鸞が生涯唯一、建立した寺院である。




    本山は三重県津市一身田町に、
    本寺はここ栃木県真岡市に構える。


    もともとは栃木県に建てられた寺院であったが
    戦国時代の戦火の末、三重県に移築されたという。


    自分の嫁さんは三重県津市の出身。


    2年前に訪問した時に判明した
    この事実に不思議な縁を感じ

    入籍の前には
    このお寺に訪問しようと決めていた。




    日本一の木造涅槃像を見たら
    自分の将来はこんな風にぐうたら過ごすのかなぁと
    イメージできて




    住職と親鸞に明日入籍をするということを伝えたら
    阿弥陀如来からダブルOKをGETできた。



    [20110119]

    幼いころ、うちは両親が共働きの家庭だったので
    頻繁に祖父祖母と過ごすことが多かった。



    去年は両親に温泉旅行をプレゼントしたので
    独身生活最後の日は祖母を旅行に招待しようと決めていた。


    とらや東京ミッドタウン店を建築した内藤廣氏 
    建築の益子町『フォレストイン益子』を予約した。


    到着が遅かったため日が堕ちた暗闇の中
    独特の曲線を描いた宿泊棟が浮かび上がる





    室内はロフト付きで一部屋で
    最大5人くらいは宿泊できるであろう
    とても大きな施設。






    フォレストイン益子は少し高台にあるため
    部屋からは陶芸の町である益子の街並みが覗ける


    婆ちゃんはピースしたり、
    お喋りが止まらなかったりいたく楽しそうだ


    19:30になり食事へと
    館内にあるフランスレストランへ移動する





    この日入荷したという
    メニューに載っていない赤ワインをチョイスし
    色とりどりの野菜を祖母のノンストップトークを
    BGMに味わった



    お酒飲めないのに、よくこんなに喋れるな・・・









    食事をしていると
    粉雪が窓の外をちらつき始めた。


    知人によく似たウェイトレスに
    『益子は雪がよく降るのか?!』と尋ねると
    『益子で雪は滅多にふらない』とのこと。



    寒さゆえ、室内の暖房が
    恋い焦がれるほど愛おしい存在に感じる夜。



    朝目覚めると、窓の外は白銀世界。



    車の窓につもる雪を
    車の中にあったクリアファイルで応急的に払い
    家路に向かった




    きっと今頃、祖母は近所の人に
    自慢しているんだろな。


    それはそれでやった甲斐があるってコトか。

    [20110112]

    この響きがずっと脳の隅っこに
    こびりついていた。


    木喰という仏師を知ったときに
    聞いたその響きに脳にこびりついていた
    言葉を連想したのはいつの頃だろうか


    今回ふとしたタイミングで
    栃窪薬師堂にある木喰作の薬師像を拝した。



    1月、4月、12月の第一日曜日に開帳されるという像だ。

    この栃窪という場所は、
    自分の母校と目と鼻の先。

    話はそれてしまうけど、
    自分は隣町のこの鹿沼市に宇都宮市から毎日自転車で通っていた。

    母親が田舎人間らしい変なところ厳しい性格だったので、
    雨の日も雪の日もほとんど送り迎えをされることなく
    片道45分の道を山を二つ越え、毎日自転車で通っていた。
    ちなみに高校時代は遅刻することもなく皆勤賞BOYだった。

    毎日自転車に乗るのが飽きる時、
    家の前から実費でバスに乗って高校に通った。

    栃窪薬師堂の前に立つバス停の名前を確認すると“木喰堂前”と書かれていた。

    自分のこびりついた響きが合致した瞬間だった。

    自分はバスに乗って高校に通う時、
    この木喰堂前のバス停を通過していたのだった。

    僕はバスにはほとんど乗ることがなかったため、
    バス停の響きであったとそれがわからなかったのだと思う。



    拝観は近所の管理者の方が車に乗ってやってきてくれた。




    仏像が置かれている大谷石で出来た収蔵庫の鍵を開けていただき
    微笑を浮かべ丸みを帯びた薬師如来像を拝観した。



    お菓子で例えると“おばあちゃんのぽたぽた焼き”みたいな薬師像だ。
    木喰作としては初期にあたるということで木喰特有の微笑も控えめである。




    この像は数年前の東博の仏像展のみならず
    海外から召喚されて海外旅行もしたというのは地元民からすると一つの自慢話だそうだ。

    木喰は生涯3回、栃木県に訪問しているが、
    鹿沼栃窪に訪問したのは2回目のこと。
    今市から下って鹿沼にたどり着き、当時としてはロングステイの5ヶ月間も滞在したそうだ。





    当時の木喰なんて有名ではないだろうし、
    どこぞの者かわからない人間を5ヶ月もの間、
    滞在させ食事も与えたとされる
    栃窪の人間は地元民として誇らしいエピソードのようだった。

    そう考えると薬師像の微笑みは、
    誇らしい微笑みのように見えた。


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    神像もたせてもらえるんですかw
    安産寺年明け御礼参りをさせてもらう予定です。
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    正覚院 → 正覚寺

    不空 (12/17)
    安産寺が一番というのは、今年を表してるね! それにしてもたくさん相変わらず行ってるね!だめだよ、地蔵尊に怒られるよ(笑) 山形のは、開けてくれて良かったですね、巨

    株取引の流れ (11/20)
    とても魅力的な記事でした!!
    また遊びに来ます!!
    ありがとうございます。。

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