然るを訊く
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    [20110928]

    千葉ニュータウン中央駅と自宅の最寄駅は
    電車で一本で到着した

    駅を降りると振興住宅地が広がって
    一種の物悲しさが感じられたが
    退廃的な街では、秋の風が自分の身に強く吹き付けて
    逆にとても気持ちが良かった



    30分ほど暫く歩くと田舎の風景が出始めて
    100円を入れて牛蒡やトマトを買うことができる
    無人の野菜直売所も見え始めた
    その農道の先にある林は
    鬱蒼とその場所だけを闇に包んでいる
    林の先に光が見え、
    その光は目的地である寺院の目の前にある
    池を眩く照らす



    参道の両側には彼岸花が植えられており
    その多くはまだ蕾であったが、
    いくつかは真っ赤な花は放射的に秋空に開いていた


    本堂で暫く待つと住職がお経を唱え
    厨子の中から不動明王が現れた



    頬骨や鰓が張り出し
    威厳のある表情に満ちた顔だ

    左脚を少し外に開き、
    右の腰を思いっきり天の方へ突き出す

    この格好を自分も真似てみるのだけど
    かなり窮屈なのが分かる

    住職の好意で写真を撮らせて戴いた


    外陣からの撮影でカメラを家に忘れてしまったので
    困ってしまったが
    『そこまで上がってもいいですよ』と
    台座の上にまで上がらせていただくことができ
    戸惑った僕の顔に本堂の人はみんな笑っていた


    『もともとは脇にある阿弥陀如来像が本尊だったんです』

    と住職。

    なるほど本堂の前にある輝きを放っていた池は
    じ極楽浄土の世界を描いていたんだ



    住職はこの不動明王が怖いのは人を謙虚な気持ちにさせるためと
    話してくださったが晴天と地域の人々に見守られ、
    不動明王はいくぶん笑っているように感じた


    自分はあまり運命ということは信じないようにしているが
    晴天山という山号と今日訪問できた
    自分に何らかの縁を感じてしまう


    今、気付く
    この寺の名は



    結縁寺












    ちばの観光 まるごと紹介
    http://www.kanko.chuo.chiba.jp/kanko/1200/
    -------------------------------------------------------
    結縁寺は、周りをイチョウの木に囲まれた小寺で、
    奈良時代の僧・行基が開いたいわれています。
    銅造不動明王像を安置することで知られています。
    不動明王像は嘉元元年(1303年)に造られ、
    高さ47cmの小さなもので左の上牙で下唇を、右の下牙で上唇を
    噛みしめた面相や逞しい体つきなど鎌倉時代の特色を表しています。
    この像は国の重要文化財に指定されています。
    阿弥陀三尊とともに祀られています。
    境内に咲く彼岸花は「印西八景」の一つに指定されています。
    -------------------------------------------------------


    結縁寺?
    〒270-1343
    千葉県印西市結縁寺516
    ※毎年 9/28に開帳。午後1時より法要※



    大きな地図で見る
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    [20110217]

    今や千葉県の工業都市と栄え
    サッカークラブがあるコトで全国的にも名前を
    知られるようになった市原市


    国分寺跡が発見され

    上総の中心地であったと推測されるこの付近の
    現代における歴史の名残を知り合いの方が
    プロデュースしてくださり共に散策させていただいた。


    風戸にある日光寺 聖観音像は

    昨年も訪問し、その一木感溢れる
    巨像とそれを護る人々に感動した。


    今回も雪の中、訪問するとすでに

    三人の管理人の方々が我々の到着を
    待ちわびてくださっていた。



    “前は茅葺き屋根のお堂に入っていたんです”


    と管理人さん。


    僕が持っている“房総の古彫刻 ”郡司幹夫著 (S43) という

    本ではこの像は首が若干かしげてあるのであるが
    立派な収蔵庫が昭和の後半に建てられてからは首はまっすぐに
    なっている。




    “房総の古彫刻 ”郡司幹夫著 (S43) ※





    また本書の中では足を地面に埋めている、と書いてあったが

    現在は天井も本尊に合わせて天井高く作られており
    聖観音像も窮屈そうな印象はうけない。


    サクラ材の一木ながらダメージがかなり進行してしまっているが

    かつてこの地の繁栄と、その繁栄を今に残していきたいという
    地元民達の思いが込められた地である





    そしてこの日も最後には差し入れをいただいてしまった。




    日光寺から1kmほど南に下ったあたりに

    真言宗智山派の稱禮寺(しょうらいじ)が構える


    この稱禮寺が管理する薬師堂へ

    住職先導のもと車を走らせ案内された。



    薬師三尊はカヤ材で作られ

    藤原期の趣きを感じながら指の鋭さが目に止まった。







    ジャングルジムが置かれた公園のようなところにある
    薬師堂ということで、厨子の中からこの薬師像は
    子供達が遊び、大人になっていく様子を見ていたんだろうか。

    1月18日に観音講が開かれ

    地元のおばあさん達がこの境内の中で一日過ごすのだという。
    薬師三尊の脇にはお茶道具が揃えられており
    大事に護られているんだろうな、ということが伝わる。






    この日はあまりに寒くて次なる皆吉の橘禅寺に

    訪問する前に牛久のラーメン屋で
    五目あんかけラーメンで体を温めた。



    餃子も目の前で皮に包んだ

    手作りだったからとても美味しく感じる。



    皆吉の橘禅寺は先日のブログにアップしたように

    ちょうど先月訪問したばかりだった。
    管理の方も先月と同じ方で、



    “今日は裏側に行かなくて大丈夫ですか??”と

    自分のことを覚えてくださっていた。


    前回カメラが不調だったので今回は

    新たな写真をアップできればと思う。










    橘禅寺のあとにはこちらも先月訪問したばかりの

    山口地蔵堂を訪問した。看板の表記から
    日本一の地蔵菩薩坐像だという。



    小さなガラス窓ごしに中をのぞくと

    そこにはやや面長の地蔵菩薩が座っていた。
    この山里の中にある像としては随分と大きな体躯である。
    昔の人々のさぞかし厚い信仰を受けたことが思い浮かばれる。

    しかし、訪問した時に国道が里の入り口で

    拡張工事を行っており、いずれはこの近代化の波に
    巻き込まれてしまうかもしれません。

    山口地蔵堂からは市原市を

    あとにして千葉県の外房いすみ市の山間にある
    宝泉寺 俗称 小又井観音へ向かった

    到着してみて驚いた。

    入り口は清掃工場の入り口だったのだ。



    管理人からその清掃工場の入り口で待つようにと

    言われ待っていると約10分ほど経って管理人さんが
    車に乗って迎えに来てくださった。

    その清掃工場の中を歩くと

    以前の犬島や大久野島などに代表される
    瀬戸内に浮かぶ廃墟の島を歩くような異様な静けさ
    虚無感などを感じる。


    清掃工場の中を歩いていくと

    小又井観音の案内板が現れ、そこから長い長い石段を
    登る道になった



    現代的なコンクリートの石段は神護寺の境内へ

    伺うよりも急な道のりであると感じた

    境内に到着して、さらに驚いた。

    宝泉寺本堂の目の前に収蔵庫が立っており
    宝泉寺を覆い隠していた。これはおそらく本尊の場所を
    忠実に守りながらも、文化財保存を考慮した結果だと推測される



    中に案内されるととても珍しい、

    かわいらしい十一面観音が現れた。





    脛の衣紋は古様を表し、青みがかかった彩色が残るのは

    これは製作当初のものかもしれない。

    大きく丸みを帯びた鼻や口もとを見ると

    この先にある鴨川シーワールドの動物達のようにもみえてくる。





    手の合掌は十一面観音としてはなかなか例がないことから

    ただの十一面ではないと思っていたが管理の方にお伺いすると
    これは千手観音として造られたのではないか?!という。

    本堂ではこの像が千手観音として造られたと思われる

    手の残骸が発見されている。

    同じく手が外れてしまった像としては

    鳥取県東高尾観音寺も同じであるが、こちらの像の
    文化登録は“千手観音”である。

    ※3年前に訪問した
    東高尾観音寺の千手観音※


    千手観音となっているのは手の形から推測されてる


    (余談だけど、この像にホント再会したいなぁぁ)


    今回の出会いとして一番印象に残った像である。



    本日の最終地点 睦沢町妙楽寺へと向かった。




    2月の最初の日曜日には本尊の内陣開帳が行われたばかりで
    我らが訪問すると住職がライトを付けてくださっていた。



    昨年訪問し自分の中の好きな像の

    BEST10に入っている密教の中心的本尊、
    丈六を誇る、胎蔵界の大日如来が鎮座する



    雪が降り始めた夕方ということもあって

    あたりは山間の静けさを保っていた。






    静かな本堂の中で自分の大好きな像と対峙する

    時間は至福であった



    ただあまりの寒さと大日如来を目前で対峙できたことで

    徐々にテンションがあがったこともあり
    大日如来をバックにダンスセッションした。






    踊っていると外から御朱印を終えた知人に呼ばれ

    慌てて、本堂から飛び出した

    [20110122]

    むかし千葉県市原市では
    日光寺収蔵庫の聖観音像を
    拝観したことがある

    同じ市原市の橘禅寺の鎌倉仏を拝した。



    地元の方が収蔵庫を開けると
    驚くほど量感溢れる佛像が現れた



    本尊の薬師如来は像高83cm
    両脇侍の日光菩薩、月光菩薩は像高110cm
    カヤならではの赤みを帯びた
    鎌倉らしい鋭さを残す像。









    常陸公蓮上・信濃公新蓮との
    両仏師によることが見つかった。

    収蔵庫の仁王は2010年の
    京都舞鶴多祢寺の収蔵庫以来の出会い。

    仁王はもちろんだけれども
    屋外に置かれていたため雨風による痛みが
    激しいのだけれど、その痛みが一層
    迫力を増すことが多々ある。



    この仁王も例にならってその痛みが
    像の内から発する弁慶の如く迫力を感じさせていた。
    こちらの仁王像は常陸坊・尾張坊覚念の両仏師の
    名が刻まれており2.4mの松の寄木。



    地元の方のご好意により
    佛像の背中側に回らせていただいて
    写真を撮らせていただくことができた。



    自分としては日光菩薩月光菩薩の
    凛とした内から出てくる迫力に目を奪われた。

    収蔵庫の外には像例としては珍しい
    立像の大日如来がいた。



    房総にこれだけ密集された佛像空間が
    あったとは驚きである。




    [20110114]

    銚子港を出発して千葉県山武市松ケ谷にある勝覚寺を訪ねた。
    九十九里浜ならではの長閑な平野風景の中に
    ポツンと現れる真言宗智山派の寺院である。



    本堂を彷徨いていると住職が本堂の
    鍵を開けに来てくださった。

    本尊の釈迦如来像は現在修復中かつ
    庫裏の改修を直前に控え中央には
    普段いることのない大日如来が座していた。

    本尊の周辺にはいかにも中央の優作を模した
    四天王像が四隅に配されている。



    持国天213cm 増長天203cm 



    広目天204cm 多聞天207cm





    一目みただけで確実に奈良の影響を受けた
    仏師の手によるものであるということが分かる
    堂々とした四天王像。鎌倉期のものだろうか。

    住職は仏像に非常に精通されており
    常灯寺の修復に際しての寄付金や
    国の佛像修復の予算が7億でうち千葉県の予算が
    三千万しかない、同じ県文の阿難、迦葉像の話などなど

    ともかく色んな話をしてくださった。



    特に興味深かったのがこれほどの優作にも関わらず
    仏像のスポンサーが判明していなく、かつてこの地には
    有力な豪族がいなかったにも関わらず、
    どの理由やルートでこの土地に伝わったのか。

    住職の考えによると鎌倉仏師が海路で運んできたのではないか
    その根拠として大網白里町に四天木(してぎ)と言う地名があり
    この四天像が運ばれたことで、そのような名前が付けられたのでは
    ないかという。

    話を訊くと千葉県山武市では定期的に秘仏公開バスツアーを
    実施しているそうで、是非それに参加したいと思うのであった。

    この住職とお話をするだけでもまた訪問したいと
    感じる佛たちであった

    [20110114]

    銚子の昼食はやはり漁港へ行き着いた。
    最初に入った店が名物の金目鯛が切れてしまって鮪しかないと
    いうので別の店“浜めし”に入った。



    家族経営をされているような雰囲気で

    外の印象と一変して店内は人が溢れかえっていた。

    そして注文をした三色丼も溢れんばかりの

    鮪、雲丹、いくらが盛られていて
    銚子港の魚でお腹もいっぱいに満たされた。




    気づいたら外に行列が出来ていた。

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    また遊びに来ます!!
    ありがとうございます。。

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