然るを訊く
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    [20130317]

    愛知県渥美半島の中程にある曹洞宗寺院「長興寺」を訪ねた。

    1年に1度、4/8に開帳される聖観音立像は
    日本の最も西側にある鉈彫像として知られる
    (京都・西住寺の宝誌和尚立像はどうなるのだろうか)



    収蔵庫の中央に祀られる聖観音は関東の武士が愛したとされる
    鉈彫の荒々しさは影を潜めていた。

    ずっと眺めてみるとノミ跡とされる
    「跡」というよりも衣紋の「紋」として
    鉈彫を用いたのではないか?と、そんな気がしてきた。



    顔の大きさと身体の細さにはかなりアンバランスさを感じ
    もしかしたら、制作当時はかなり高い場所に祀られるために
    顔の比重をやや大きくしたのではないかと思ったりもする。




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    [20120702]

    下半田川の交差点は何気ない国道にあるT字路の交差点。
    何も知らなければ高速で走り抜けてしまうような場所だけれども
    少し立ち寄れば、2体の平安佛と出会うことができる。


    下半田川の氏神である八釼神社境内の観音堂に
    ひっそりと佇んでいる阿弥陀如来と十一面観音像
    ともに1mくらいの高さを誇っています




    どちらの像も丸みを帯びた形で
    “ぷっくり”という表現が合っている気がする



    線は強く彫り出されることはなく
    像のリアリティというよりも存在のありがたさを
    強調している像に思えます



    観音堂のすぐ近くに住んでいるおばあちゃんと暫く話し込んだ
    “あの観音さんは前、盗まれたんだけど三重で見つかってもどってきたんだ~”


    いまも昔も変わらず盗難の被害はあるようで
    ただ、立派な収蔵庫が建った今日は少し安心してみていられるようだった





    [20120523]

    豊川市を走る東海道の南側。御津町にある
    曹洞宗呑海山 法住寺を訪問した。

    到着してみると想像以上に広い境内と
    そこに咲き乱れる桜の木々に驚く。

    法住寺の本尊である千手観音立像は
    本堂の裏手にある収蔵庫の中に祀られている
    像高167cm一木造りの素晴らしい像である。



    丸々とした顔は少年らしい若さを感じるが
    一方でしなやかに伸びる身体は女性的でもあり
    優美な藤原時代における人々の憧れのようなものを
    映しだしているかのようだ

    それゆえ光に照らされたその姿はデータよりも
    大きいものと感じる。

    寺伝では宇治山田の上善寺にまつられていたが
    明治時代の廃仏毀釈の際、海に捨てられたものが
    この土地の村人によって拾い上げられて
    この法住寺に祀られているとの話が残る



    この像はヒノキ科の常緑高木である「あすなろ」から
    掘り出されたものであるといい、それを尋ねたところ
    本堂の前に植えられた「あすなろ」の樹を
    案内していただいた。



    青々とした葉を付けとても元気な葉の印象を受ける。
    まるで千手観音自身がそこにいるかのような
    そんな気がする。

    自分はその後、法住寺をあとにして浜松市にある
    摩訶耶寺に訪問した。この摩訶耶寺にも藤原初期の千手観音が
    祀られているのであるが法住寺が少年らしい仏像であったのに対して
    摩訶耶寺の千手観音は薄く紅を浮かばせた女性的な仏像であった

    法住寺と対比させるうえで東海道に伝わる
    この二体の千手観音はとても印象に残っている





    [20110709]

    名古屋北区に存在する
    天台寺院 成願寺を訪問する



    近くには庄内川が流れ
    その岸壁にある住宅街に突如として
    現れる近代的な建築が成願寺である



    平成21年に改宗800年記念
    天台宗記念 住職の60歳記念を祝い
    約7億円の改修費用を投じて
    近代的な本堂へと生まれかわった



    天台宗聖徳寺の末寺として745(天平17)年創建と伝えられ
    元の名は「常観寺」と名付けられる

    鉄筋造りの本堂の中で
    名古屋市内でもっとも古い仏像とされる
    十一面観音像を拝した



    体のラインは細く
    右腕をしなやかに垂れる
    胴だけを拝見するならば
    飛鳥の百済観音像のような
    流線的な印象も受けるが
    平安期の像からするならば
    体の凹凸がやや平面的な印象も受ける

    こういった仏像の場合
    いくつかの同種の像を共に造られることが
    多いように感じ、そもそもは本尊としてはではなく
    千本釈迦堂の六観音のようにいくつかの像と
    セットで創られたのではないだろうか




    平安初期の像だというが
    若干それよりかはあとの像かもしれない

    住職はこれからの宗教も何か変化をしていけれなければと
    ならないと感じている、と語っていた

    変わりゆく環境の中でも
    かつての像は変わらず存在していくことに
    宗教の脈々と受け継がれていく
    教えの根源とともに
    変わっていくものと変わらないことの
    重要性を感じていた






    [20110621]

    東海道新幹線に沿うように
    西を目指す

    尾張国分寺だだっ広い駐車場は近くの
    矢合観音の参拝者のために開かれているが
    当山訪問が目的であれば無料であるという


    駐車場のご住職の奥様が
    広い駐車場を駆けて
    息を切らしながら
    収蔵庫の鍵をあけてくださった


    国の重要文化財指定の
    木造釈迦如来坐像が現れる。

    玉眼で頂きに冠を乗せ
    いわゆる宝冠釈迦如来坐像と
    言われる像である

     


    おちょぼ口であり稚児の様相も感じる
    言葉が適切ではないかもしれないが七五三を迎えるべく
    両親から着物を着せてもらっった幼女のような像である


    本山にはもう一体の釈迦如来像も伝来しているが
    こちらは男性的な像でありさきほどの像が
    お姉ちゃんであるならば弟のような像である



    仏教の教義を厳しく護るようなメッセージ性のようなものも
    感じることができる


    老婆のような熱田大宮司夫妻坐像も
    珍しく神秘的な力を放っているように感じた



    朝方の曇り空は徐々に除かれていき
    このころにはすっかり晴れた
    五月晴れ(訪問は六月でしたが・・)の青空が広がった


    wikipedia 

    尾張国分寺(おわりこくぶんじ)は、
    愛知県稲沢市にある臨済宗妙心寺派の寺院である。山号は鈴置山。

    本尊は薬師如来。平安時代の僧侶、空也が出家した寺と言われている。
    現在の国分寺は1886年(明治19年)に円興寺を改称した寺院。
    旧尾張国分寺跡は、現在の国分寺の南、約1kmの畑の中にある。


    沿革

    741年(天平13年)、聖武天皇により国分寺建立の詔(みことのり)が発せられる。

    884年(元慶8年)、火災で焼失。その後再興することなく、国分寺の機能は

    愛智郡の願興寺に移転したという。これが事実とすると、空也が出家したのは、この旧尾張国分寺でなく願興寺であることになる。

    1385年(永和元年)、宗興(中島蔵人の次男。

    妙興寺を建立した僧侶)により、旧尾張国分寺跡地に、

    尾張国分寺堂を建立する。後に尾張国分寺堂は円興寺の境内に移転する。

    尾張国分寺堂があることより1886年(明治19年)に円興寺を改称。

    鈴置寺 国分寺となる。

     

    尾張国分寺からさらに新幹線の高架下を
    北上すること車でわずか3分ほどに
    稲沢市のもう一つの安楽寺

    臨済宗妙心寺派の通称、舟橋安楽寺を訪問した


    本堂から須弥壇とは反対方向の
    参道の緑道が緑色に眩しく輝いていた

    本堂には二体の半丈六仏が
    中央の厨子を挟んでいた

    釈迦如来はでっぷりとした量感のある像で
    定朝様式を踏襲している
    かつては漆箔が貼られていたであろう本尊であるが
    現在は剥がれ下地が露呈している
    全体感としてはやや誇張される表現も見え
    いわゆる地方作の定朝様と感じた




    一方阿弥陀如来も釈迦如来と双子なのでは?!という
    ほどにそっくりの像である



    彼らをみていると如来ながら中央の
    秘仏である十一面観音像をまもる
    脇侍のようにも思える

    なんとも豪華な三尊である

    そして厨子のすぐ近くには
    像高84cmの兜跋毘沙門天像は
    コミカルな表情で双子の如来像に
    囲まれると子供のようにも感じる



    本堂は老朽化が進んで維持できなくなり
    コンクリートの収蔵庫の造設が必要だったのだが
    前住職の可能な限りお堂の様式は残してもらいたい、
    という願いにより、本堂の中に入ると
    木の香りが漂う温かさを残している

    人肌を感じる収蔵庫であった


    これまた舟橋安楽寺から車で5分ほどの距離にある

    曹洞宗 法華寺を訪問する

    尾張国分寺、安楽寺、法華寺と
    この一帯は見事な仏像密集地帯である

    谷椿寺と称したが、近代になって法華寺と改めた

    本堂の中央に荘厳な薬師如来が座している
    定朝様の形式化された像であり
    とても綺羅びやかな像である



    住宅街にあるこじんまりとした境内ではあるが
    洗練されており、大きな薬師如来との
    風景がとても居心地がよい

    畳のうえに寝そべって暫しの休息を愉しんだ





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    株取引の流れ (11/20)
    とても魅力的な記事でした!!
    また遊びに来ます!!
    ありがとうございます。。

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