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然るを訊く
[20120101]

2012年の初詣は
三重県の川上山若宮八幡宮を訪問してきた



現在は合併して津市となっているが
旧・美杉村であり山の中を分け入って進んでいき
津市の市内からは2時間弱もかかってしまう



茅の輪をくぐって境内へ



本宮の主神は仁徳天皇 磐之媛皇后



水が豊かに沸出でており
境内にはアマゴも放流されている



獅子の顔も特徴的





境内の奥の院には『禊ぎの滝』が流れており
清々しい空間に身を置くことができた





2012年はどんなことがあるのやら・・・
心配と楽しみが入り交じっていますが
本年度も何卒宜しくお願いいたします!






[20110109]

東京から普段降りることのない
名古屋の駅で人生二度目の近鉄線に乗り換え
津市に向かう。この行程わずか二時間半。

津駅で仏像仲間のキッシーと尚さんと待ち合わせをして
楽しく三重県の仏像巡りを行った



津駅のロータリーのすぐ後ろに小さなお堂を
構えた蓮光院初馬寺があります。
本堂の秘仏馬頭観音の前で般若心経を唱え
本堂の迎えにある収蔵庫にて秘仏である
二体の如来像に出逢う。



一体は平安初期に製作された大日如来像。
眉、眼、唇、胸などの部位に制作者の意図と思える
強調表現が伺え立体感だけではない何かを訴えてくる。
仏像東漸という四日市博物館で数年前に開催
された仏像展の図録をみた上で訪問したのだけれど
その図録よりかは少し小ぶりな印象を受けました。
でも体内から発する上記の強調表現がより引き立つ印象を受けました。




一方の薬師如来像は伏し目がちな創りで可愛らしい顔づき。金箔を残した




住職は終始笑顔で応対してくれ、我々も住職と
あれやこれや、仏像の話をさせていただいた。
ここ初馬寺の大日如来は
日本三大平安初期の大日如来に指定されているのだそうだ
そしてこの指定をしたのはほかならず松浦先生という。
松浦先生を最初に見たときは“何処ぞの坊主だ?!”って思ったそうですw



住職は終始笑顔で応対してくれ、我々も住職と
あれやこれや、仏像の話をさせていただいた。
ここ初馬寺の大日如来は
日本三大平安初期の大日如来に指定されているのだそうだ
そしてこの指定をしたのはほかならず松浦先生という。
松浦先生を最初に見たときは“何処ぞの坊主だ?!”って思ったそうですw


四天王寺



初馬寺から500mほどの距離にある初馬寺の本寺。本堂の右隅にある薬師如来。
やや小顔な造形は平安後期からの豊満なものより以前、
もしくは鎌倉以降のものであるように感じました。



ガラスケースの中に入った像で反射でよく見れなかったのが少し残念
でした。見た目にも新しい寺であることが分かりました。
と、いうのもこの四天王寺は次戦の戦火によって大部分を失ってしまい、
同時に仏像も焼かれてしまったと言います。
まさにこれから生まれ変わっていく寺院であるというように感じました。


津市から一気に北上して鈴鹿市へ

鈴鹿市の住宅街の中にある神宮寺
到着すると住職は大晦日の準備に追われて忙しくされていた。
そんな住職に案内されて本堂にある、珍しい深沙大将を拝することができた。



明らかな地方仏師の作風とわかる個性的な顔立ち。まさにウルトラマンに登場する怪獣のようであった。
その最たる箇所は口に加える蛇であろう。そして膝の象も鼻がもがれてしまったのか、
怪獣らしい顔づきになってしまっている。



収蔵庫には持国、多聞の二天。一木らしいどっしりとしながらも
伸びやかな像高や眼の大きさから見るに平安後期以降のものだろう。





薬師如来は張りのある下膨れの顔立ち、やや古様ながら衣紋の繊細な創りには驚愕する。



腰から太ももにかけての張りの表現は平安初期の特徴を残すものであると感じる。
同じ収蔵庫には淳和天皇像という珍しい造像例もあったがなんともいえない
異様さを醸し出していたのが印象的でした。



住職はとても親切な方で“よくわかんねーんだけどさ”とかいいながら、
丁寧に教えてくれた姿には感動した。






伊勢へ


神宮寺から国道を南下して津のインターチェンジから高速道路に乗って
一気に南下する

伊勢をすぎて二見という夫婦岩で有名な地にある太江寺(たいこうじ)に訪問する。
本来秘仏として正月三ヶ日に開帳となる十一面千手観音を小雨が降り始めたところで拝観する

住職とともに閉じられた厨子の前で般若心経を唱えたのち、
住職の手により厨子が開けられた。



平安後期から鎌倉時代と思われる、凛々しさが感じられる像であった。





住職の話によると作者もまだわからないということであったが
円派仏師の流れがあるということだ。だけど自分としては
慶派仏師に近い鋭さがこの像からは感じられた気がした。
大きな体躯といい素晴らしい像からは中央との結びつきが強かったのではないかと想定される。

ちなみに般若心経を唱えた際に住職が叩き上げてくださった、
太鼓の音は独特で盛り上がりが昂ぶった際に太鼓のソロパートがあったことが印象的であった。


二見をあとにした僕らはすぐ近くの伊勢神宮を参拝することにした。
前回は4年ほど前だろうか、成人式で賑わっていた境内は、
今回は新興宗教団体と思われる人々の影響により別の意味での賑わいを見せていた。



前後のスケジュールが押していたもののなんとか参拝、
そして参道での伊勢うどんを食すことができた。




伊勢うどん、実は結構苦手だったのだけれど今回訪問した
岡田屋という伊勢うどん屋では独特の甘ったるさのない、
スッキリした伊勢うどんを味わうことができました。

ただ楽しみにしていた甘酒は完売してしまったいたので
次回はぜひ甘酒を味わってみたいと切に願いました。


去りぎわに久昌寺を有する鷲嶺の頂上に堕ちて行く夕日を
拝することができてなんともいえない、神々しい景色に出会うことができた。

伊勢神宮の北側 伊勢市内楠部町に近年文化財の指定を受けたとされる
平安初期の薬師如来像があるということを知って伊勢神宮のあとに訪問した。

五十鈴川のほとりに現在は老人集会所と合併している心證寺を訪ねる。



到着したときにはすでに近所の管理者の方々と数人がお待ちくださっていた。

“もっと年寄りが来ると思ってましたよ” と驚きの声で迎えられ、
まだ新しい畳の匂いが残る拝殿に案内された。



正面に薬師如来一体のみが置かれ、まわりの榊が備えられ、
大切に管理されいる様子が伺えた。



もともと個人所有だったものがこの寺に寄進され、
もともとは茅葺雨ざらしの貧相なお堂を地元の方々の厚い保護で現在は立派なお堂が建ったのだということだ。

大胆な彫りからなる衣紋と頭頂の形に平安初期ならではの呪術的な怪しさを伺える。
その衣紋と対照的な量感溢れる楕円形の頬。少年のような若々しさも感じさせてくれる。
左手の袖口までまるで蒲鉾のような衣紋は作者の強い信念を伺うことができました。


管理者の方々としばらくの間話をさせていただいたのだけれど、
この土地は伊勢神宮の力があまりにも強かったため神仏習合のような
文化は発展しなかったのではないかと考えられているそうだ。




伊勢から北上し津市で尚さんとキッシーとお別れし白山町に向かいました。
秋のに続いての伊勢道に訪問したが神道に負けない仏像文化の隆盛を感じることができました。


[20101021]

ワケあってどこのお寺か名前は挙げられないけど
今回出会った佛像の濃ゆい寺





















そして住職には役行者の前で
自前の法螺貝を演奏していただきました。


役行者+法螺貝を吹かれるご住職
という贅沢な構図です




[20101021]

三重県松阪市のホテルで目を覚まし
二日目の佛像を求めて巡る旅が始まる

朝田地蔵
〒515-0027
三重県松阪市朝田町427
0598-51-8661




平安前期弘仁期の地蔵、紳士な住職に案内されて拝観します。



重量感のある地蔵。動きはすくないもののその分衣紋が動くに動く。
本堂の脇には出開帳のために制作されたという
本尊そっくりの地蔵が置かれている。


二体の地蔵菩薩
望む景色は違うが、精神は繋がっている

瓜二つの地蔵がこの朝田寺に特別に宿る
風習を反映していた

わしが死んだら、朝田の地蔵へ。掛けてくれよ振袖を
 朝田寺の本堂の屋根には今年亡くなった死者の着物が吊り下げられてます。



お盆を使って着衣を炎として天に昇華させていく

彼らの想いをしっかりと身近に寄り添って
浄土へとしっかりと運んでいく鎮魂佛。

この二体の地蔵は特別なものに感じました。

死界に近い場所、有る意味でオドロオドロしい場所の
不動明王はなぜかとても優しい顔をしていたのも印象的でした。
平安期の地蔵がもう1体あったそうですが
紳士な住職はその像を知り合いにあげてしまったという
エピソードもこの素敵な住職の人柄を反映しているように
感じました。













空釈寺
〒519-2184
三重県多気郡多気町三疋田97
0598-38-2692



多気町の田園の中にある小さなお堂
二体の十一面観音が収められているのですが
年に2回の開帳。今回は残念ながら、縁がありませんでした。

でもお堂のすぐ脇にポツンと
置かれた木造のベンチが妙に自分を惹きつけるものがありました。



普賢寺
〒519-2177
三重県多気郡多気町神坂
0598-37-2888



収蔵庫に駆けつけるとすでに女性が
綺麗に掃除をし、待ってくださっていた

“神坂”という場所には以前は7寺あったものの
織田信長の焼き討ちの影響によってあたりの寺院は
焼かれてしまい、この普賢寺だけが住居と見間違われたため
兵の侵略から免れることができたそうです。

我が国最古の普賢菩薩として
自分が今まで見てきた普賢菩薩の形相とはまた異なった印象。
密教的な尊像としては普賢延命菩薩のような印象を
受けました。







“一番最後に運ばれて、一番最初に戻ってきた
 奈良国立博物館のもっともいい場所に360°見渡せる形で展示してくれた”

お寺の方のこの像に対する愛情が
美術院の館主としてはじめて手がけた西村公朝さんや松浦さんとの
思い出話の中から伺えました。

本堂のなかにある十一面観音も鎌倉期だとは思いますが
やや頭が大きく一見すると愛らしい十一面観音ではありますが
その鼻筋を中心とした鋭角なラインは大層な仏師の手による
ものであると伺えます。




丹生大師神宮寺
〒519-2211
三重県多気郡多気町丹生3997
0598-49-3001



住職とともに薬師堂にて般若心経を唱え
本堂にある十一面観音を拝みます。
最近はこういう像を見ると本当に地元に
愛されたんだろうなーという、人々の顔が
浮かんでくるようになりました。



住職のテンポがとてもユニークで
この住職とともに地方色豊かな体験ができました。



お昼はこの神宮寺のそばにある
田舎料理のお店まめやへ。お母さんと地元の食材で作られた料理は
素朴でとても美味しかったです。












〆は豆乳ソフトクリーム




近長谷寺
〒519-2176
三重県多気郡多気町長谷
0598-38-1117





城山の山の中でしばらく歩きつづけて出会った衝撃
本堂には6m60cmの十一面観音





このあたりでよく採取された水銀被害を弔うための十一面観音
だそうですが、まさかこんな山奥にこんな巨大な仏像があるとは。


数軒の集落で後継者がいない、、でもそんなコト気にしたって
しょうがない、まぁその時考えればいいか、という
なんとも三重県の人らしい。



自分のまわりの三重県人は
わりとそういう人が多い傾向にあるのかな

庫裏の中にある大日如来。こちらも朝田寺と同じで
この地域の死者はこの大日如来の前にやってきて
大日如来のもと誘われる、そんな話に思いをはせながら
見る如来像はまた特別な仏像のように感じられました




『丹生』という名前は朱砂・辰砂ともいわれ、
水銀(Hg)の原鉱石である硫化水銀(HgS)のこと)を生ずる意味だそうです





瀬古集会所
〒515-2603
三重県津市白山町川口2022
059-262-5881



多気町から北上して合併して津市になった白山町へ
白山町には魅力的な仏像がたくさんありますが
今回はまた異色な場所、集会所・・・つまりは公民館

川口小学校に隣接された集会所にて
館主の方と教育委員会の方2名に迎えていただきました。

中央に旧高田寺の像が二体薬師と
十一面観音が並んで陳列されその前で
すでに並べられた座布団に座って
先のお二方の丁寧なご説明に耳を傾けました



厨子が小さすぎてしまったがために背中を削られてしまったという
ちょっと残念な十一面観音、薬師如来はこの公民館という場所には
少々窮屈そうだった

十一面観音は右足の踵を持ち上げ
まさに今、人々を救いにいかんとしている姿





トロフィーと仏像そしてその先に
調理室という異色な空間は訪問台帳を確認する限り
名だたる人々が訪問されており、多くの人の関心を集める
場所なんだと感じました。




この白山町はワケあって今後自分は幾度となく
訪問することになるかもしれなく
その挨拶の訪問となりました。

ここで教授とスパロウさんとはお別れ、
今回も大変お世話になりました

泉橋寺
〒619-0204
京都府木津川市山城町上狛西下55
0774-86-2426


再び木津川を上り次の現光寺の訪問予定時間まで
少しあいだがあったので、すぐに訪問できるお寺として
木津川の川べりにあるこのお寺に訪問することになりました。

以前あったお堂が江戸に災害で消滅し
その残骸として、鎌倉の大きな地蔵菩薩が鎮座します。
石像ながら良型の地蔵菩薩、なによりもこの像のまわりで
子供たちが鬼ごっこをしていたのが印象的だった



今も昔もこんな風に子供たちをみまもりつづけていたんだな、、
そしてこれからも見守りつづけてもらいたい、そんなことを感じました


現光寺
京都府木津川市加茂町北山ノ上





西光寺のすぐ側にあるにも関わらず
ちゃんとした案内もなく、さまよいながらやっとお寺に続く道を
発見し、雑草をかき分けながら進んだ先に現光寺を見つけることができた。

収蔵庫に収められてあった十一面観音を見て
一同ため息をもらす。小ぶりな像ながら完成された日本美の秀逸というよりも
この寺の風貌からすれば逸脱しているほどの作品に
驚きただただため息をもらす。

像に関する詳細記述はないものの慶派仏師の作品であるとされており
頭頂の化仏の密度は向源寺十一面観音、
カラダのラインは円城寺の大日如来にその面影を感じます。

これらから感じるに自分の中では国宝指定なども時間の問題ではないかと。

これほどの像がこの廃寺の中にあるということが佛像巡りの楽しさの可能性を
強く印象に残す訪問となりました。

現光寺を出ると日は落ちかけ夜を迎えます




大阪・奈良それぞれから初めましての佛友さんを歓迎し
佛像談義に花を咲かせ夜は深まっていく。
お酒を酌み交わし、自分の好きな佛像について話ができるのは
至上の幸福、素敵な人々とともに奈良で素敵な時間を過ごしました★


テーブルの上が汚いw



[20080116]


伊勢神宮って
神宮の本宗(本家みたいなことなんだろう。)だから
神宮』って言葉はそもそも『伊勢神宮』のことを指すのだそう


なので"神宮前で待ち合わせ~"
ってことは本当の意味では"伊勢神宮前で待ち合わせ~"

てーーことになる。


トンデモナイ!!


愛知から車を飛ばすこと2時間
成人式真っ只中の伊勢神宮



成人式にはおなじみの若者が荒れ狂う姿はここにはなく
古めかしい日本の光景が広がります。でも...。

三重の奥の奥ですよ。ここは。

人がホントにずらーーーっと並んでいる。
人だけじゃなくて車も。伊勢のインターから伊勢神宮の内宮まで1k
mくらいのところで
30分くらいかかったんじゃなかろーか。



そんな中たまたま自分の前につけた車のナンバーがなんと【宇都宮
】!
こんなところで同郷の車に会えるとはなんかおみくじで大吉ひいた時
と同じ気分に
なっちまいました。

川沿いの臨時駐車場に駐車をして
本宮を目指して歩いていく

歩いていく途中も 昔の町並みが広がります。

そしてコノのお店も...。


廃業中ということで扉は完全にしまっていましたが
ここが商売魂というのでしょうか。
他の業者が閉店している福赤の前で出店を出して客よせをしている!!!!
 
 
伊勢神宮の帰りは伊勢と言えばの
伊勢うどん

 
参道の途中にある店で食べる。
 
みたらし団子のうどんverみたいな感じで自分は苦手な味でした。。。。
見た目はうまそうなんだけどね。
 
 
伊勢は自分が想像していたよりはるかに活気があり
パワフル
 
癒し系~みたいな感じもそれはそれで好きなのですが
こういう感じもなかなか良いと思います。
 
 
そして帰り道の車の渋滞。。
僕はジャスコの駐車場をつっきり難を逃れました。

ジャスコの人ゴメンなさい!


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とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

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