然るを訊く
[------]

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


--------(--) --:-- スポンサー広告
  • | このエントリーを含むはてなブックマーク
  • | 編集 |
    [20120528]

    馬道の裏手にある小高い丘は「走井山(はしりいさん)」と
    名前が付けられている。現在はそこに公園ができており
    この走井山公園の敷地内にある走井山 勧学寺を訪問した。



    当日は実家がすぐ隣町であるという友人のキッシーも
    たまたま実家に帰っていたので合流して拝観することができた。



    勧学寺の千手観音は8/1に開帳をしている。
    本尊は172cmの等身大の千手観音であり
    一木造りの内刳を施す像である



    下半身には翻波式の衣紋を残し
    旋転紋も確認することができる
    全体的な彫りが弱いため平安中期も後期に差しかかろうと
    している時代に造られたものではないだろうか

    この像の特徴としてはなんといっても
    四十二手の間に差し込まれた千手である
    いわゆる“くつべら”のような仏手が印象的である



    同じ作例としては寿宝寺“十一面千手千眼観音立像”や
    あまり前に出ることはないが紀三井寺の秘仏の
    千手観音像も同様の作例がある

    この像を見ているとどことなく“立木仏”のような
    樹そのものが佛として掘り出されたかのような印象を受ける

    桑名高等学校付近の海善廃寺の旧本尊という云われがあり
    流転の像として走井の山の上から現在は馬道の町の方向を向いて
    町を見守り続けている



    スポンサーサイト

    [20120324]

    新しい年の訪れを告げる日の出の前、闇の中
    たった2両の列車に乗り込んだ。
    三重県と奈良県の西部を走る青山高原の中を抜ける
    長いトンネルはとても長く感じた。
    トンネルを抜けてもそこは闇。同じ車両の1つ隣の座席に座る
    乗客がかじかんだ手を一生懸命に温めていた。

    ほとんど一直線の路線にも関わらず約1時間かけて
    伊賀神戸駅へ到着した。伊賀線と近鉄大阪線が交わりあう駅ということも
    あって、初詣客を待ち構えるべく駅員が何人も
    ホームに立っていた。

    正月の特別ダイヤの時刻表を確認し帰りの電車の時間を定め
    駅の改札を飛び出した。それは寒さから逃げるようにと
    思ったが、今思えば寒さの中に飛び込んだのかもしれない。
    伊賀神戸の町は凍えていた。
    駅から20mもすると周囲から光が奪われる。
    暗順応した視界が仄暗いアスファルトに書かれた白線を捉える
    川も見えた。それは木津川だった。



    京都の木津川はその流域に蟹満寺釈迦如来坐像・海住山寺十一面観音・
    観音寺の十一面観音など多数の仏像を抱えるが
    これから向かう常福寺も流れを組んでいることがわかった。

    木津川沿いに伊賀の町へと向かって歩いていく
    20分ほど歩くと現在の国道から少しそれた集落の中に
    常福寺へのかつての参道と思われる狭い道が現れた。

    闇から現れた外部の人間を軒先の犬が吠える。
    この時間にここを通る人間もそうは多くないのだろう。

    家の通路ではないかと思えるような道を歩いて
    真っ直ぐに続く道路に出た。その道の先には常福寺の山門がある。
    ふと右の景色を見るとそこには太陽のオレンジが見えた。
    それはただの日の出ではなく2012年を告げる初日の出だった。
    思わず太陽のほうに向かって合掌をする。
    昨年のような悲しいことが日本に起きないようにと願った。





    山門への石段を登るとすぐに本堂があった。
    靴を脱いで本堂の中にあがると、住職が朝早く多くの
    参拝者を迎える準備をされていた。

    「東京から来ました」と告げた自分に住職は
    本堂の電気をつけてくださった。その電気に照らされて
    秘仏の本尊である五尊の不動明王が突然と現れる。

    闇の中に浮かび上がった五尊はとても勇ましく
    綺羅びやかに視界に飛び込んでくる。



    長谷寺本尊十一面観音の余木で平安末期の東寺像に倣って
    製作されたとしたと伝わる像。時代背景からすると若干スリムなように思える。
    山号の江寄はかつて琵琶湖がこの地まで続いていたことから由来し
    近年、付近から琵琶湖の貝も出土されているそうだ。
    全て像高が180cm前後であり、ここまで大きな五大明王像が
    揃っているのは見たことがない。














    かつての人々はこの像に対して人々の平和と健康を祈り続けてきたのだろう。
    そう思ったらさっき自分が合掌した初日の出とこの五大明王像とが重なった。






    [20120122]

    三重県伊賀市森寺の集落はまさしくこの長隆寺
    中心に集落が形成されていると言っても過言ではない

    集落の細い路地の先を細く小高い丘のうえに
    真言律宗の長隆寺が集落を見守るように
    佇んでいる

    管理の方を尋ねるとすでに収蔵庫の鍵を開けといたから
    自由に見てっていいよと気持ちのよいお返事をもらう
    ことができた




    本堂の脇にある収蔵庫の中に
    平安時代末期、藤原時代と思われる
    薬師如来坐像が静かに佇んでいた



    像高は1mに満たない想像していたよりも
    小さな薬師如来だった

    高さのある肉髻、小粒な螺髪。やや鼻が高く、
    小頬の丸みゆえ口が小さく感じる。





    薬師如来と対峙していると
    後ろでクスクスと笑っている声が聞こえた
    同伴者からこの薬師如来坐像は
    自分のドッペルゲンガーではないか
    友人たちから言われ笑われていたのだった


    薬師如来坐像を拝したのちに
    管理人の方に声をかけると本堂にも仏像があるから
    見て行ってもいいよ、と快く案内をしていただいた



    本堂を覗くとそこにあったのは胎蔵界大日如来。
    半丈六の非常に大きな像で古様の翻波式衣紋も見られるが制作は平安末期以降だろう
    よくよく見てみると後補に作られた部分が多いのが残念だが
    堂々たる表現で、お堂のなかでひときわ存在感を放っていた



    これほどまでに立派な胎蔵界大日如来を見たのは
    千葉県にある妙楽寺の本堂にある大日如来以来だった

    過去エントリー

    房総の男子ing

    ※千葉県長生郡睦沢町 妙楽寺 胎蔵界大日如来※


    これらの像を慕ってこの日の夜の大祭では住民が集まってくるのであろう
    管理人の方は、はやく夜が来ないかとても待ち遠しそうだった








    [20120121]

    都と伊勢を繋ぐ名張街道を登り
    伊賀市山出にある勝因寺を訪ねた

    824年創建の空海開基と伝えられる
    コンクリート創りの本堂にある
    虚空蔵菩薩坐像を拝した




    薄緑の美しい蓮台に座る虚空蔵菩薩坐像
    右手に宝珠を持ち、右手では優しく親指と人差し指を
    触れさせている。

    細身プロモーションで
    面相は大変整っており、
    頬の膨らみもややシャープである

    眼差しは眼下の我々を見下ろすことなく
    遠く彼方を眺めている

    この美しい虚空蔵菩薩に私は
    しばらくの間、見とれてしまっていた





    昭和50年代まで長いこと秘仏となっており
    今回もご住職の特別の計らいでその姿を直に見ることができ
    大変感謝している

    この仏像からは
    京都よりも奈良の空気を感じることができた

    おそらく大陸からの文化の源流を
    誠実に汲み取った仏師の作であろう

    これほどの仏像が伊賀の地にあるのだから
    この伊賀という場所は三重における
    仏教文化の一大拠点であったのだろうなと





    虚空蔵菩薩の眼差しの向こう側に
    その風景を見ることができないか
    必死に探してみたが、叶わぬすれ違いとなった




    [20120104]



    三重県伊賀市 五宝山新大仏寺 重源による開山
    それゆえ、宝物館には重源像があった



    東大寺のソレとはやや迫力にかけるものの
    写実的な表現、迫るものがある

    自分がたっている場所よりも高い場所にあり
    笠取山から伊勢のやや遠くを見つめているようだった


    同じ宝物館にあるのが
    新大仏寺の名前の由来となる
    盧遮那佛坐像



    体部は江戸時代のものではあるけれど
    頭部は日本仏像界に名を轟かす快慶の作と言われている

    狛犬も独特の表情



    本堂の裏側には岩屋不動明王があるが
    今までみた不動明王像の中でも
    人間にもっとも近い姿であり
    あまりの生々しさに息を呑む







    本堂の奥には十一面観音がひっそりと
    佇んでいた
    地方仏師の息遣いが感じられる造形であり
    独特の時間の流れがそこにはあった








    新大仏寺を出た我々は
    伊賀街道をそのまま市街地のほうに走り
    寺田の農村地帯の集落を右に曲がり
    民家が並ぶ町並みの先にある
    毘沙門寺の駐車場に車を止めて
    大光寺への参道が続く山の中に分け入った


    コンクリートで舗装された道も
    参道に入るところでアスファルトが途絶え
    草が生い茂る山道を登っていく






    しかし目的であった北向地蔵尊
    その道の入り口付近にある石仏である


    造像年代は鎌倉時代~南北朝時代に遡るとされる


    三体の地蔵が新春の光に照らされ
    木々の中に姿を浮かび上がらせた



    シルエットは細身であり
    顔は摩滅しているものの石仏としての技術の
    高さを伺わせる

    特に台座のレリーフがしっかりと残っており
    大光寺へ向かう人々を静かに見守っている





    HOME NEXT
    copyright © 2005 yoshiki all rights reserved.

    Template By innerlife02

    RSS1.0 ,

    [mixi]♥Sexy仏像♥&仏List
    カテゴリー
     
    最近の記事
    最近のコメント
    迦楼馬 (03/27)
    こんばんわ、お疲れ様でした。
    いつの日か関西方面での開催を五劫思惟の想いで待っていますね(笑)

    村石太い&しなもんてぃー (02/16)
    孔雀明王 仏像 愛知県で 検索中です。
    時折 孔雀明王の真言を 寝ているとき 唱えています。
    名古屋に 孔雀明王が ご安置 されている寺社は ないかなぁ
    宗教研

    こばりん (01/13)
    輪島を旅したとき立ち寄りました。素晴らしい仏像でした。

    yoshiki (12/23)
    不空さん

    神像もたせてもらえるんですかw
    安産寺年明け御礼参りをさせてもらう予定です。
    ことし一年お世話になりました。

    不空 (12/17)
    正覚院 → 正覚寺

    不空 (12/17)
    安産寺が一番というのは、今年を表してるね! それにしてもたくさん相変わらず行ってるね!だめだよ、地蔵尊に怒られるよ(笑) 山形のは、開けてくれて良かったですね、巨

    株取引の流れ (11/20)
    とても魅力的な記事でした!!
    また遊びに来ます!!
    ありがとうございます。。

    ブログ内検索
    月別アーカイブ
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。