然るを訊く
[------]

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


--------(--) --:-- スポンサー広告
  • | このエントリーを含むはてなブックマーク
  • | 編集 |
    [20121111]

    橘堂を秋空の晴れ渡ったある日に訪問した。

    田園地帯に囲まれた民家が数十軒集まっている
    その中ほどにこのお堂が存在していた。



    予定していた時間よりも早く到着したのだが
    管理人さんが出てきてくださり案内いただいた。

    厨子の扉はすでに開かれておりサンライズ出版
    「近江の祈りと美」に掲載されていた魅力ある観音像が
    そこに立っていた。





    どちらの性別とも判断がつかない柔和な表情。そして
    正面の左右に付けれらた2対の菩薩顔。
    向かって左は慈悲の顔、右は憤怒の表情をしている。










    口元に近づけられた手も特徴的であり
    呪術的な像というよりもまさに魔法そのものを唱えているかのような
    魅力的な造形をしている。





    観音像は渡岸寺国宝十一面観音と対比されるのであるが
    あちらは十一面観音と姿をしているなかの美の超越。
    こちらは超越した美は保有しているものの
    どうしてこの観音像が彫りだされたのか想像もつかない。

    管理の方の話によると由来は全く不明で、
    一説には戦火の中、土に仏像を埋めて
    先祖代々護ってきたと説明された。




    現在は15年に1度開帳をしているそうだ。

    また1年に1度お盆の時に
    お堂を開けて掃除をしている。住民はその時に運がよければ
    姿を拝むことができるというが実際にはこのお堂にこれほどまでに
    異形かつ美しい仏像があるということは知られていないのだそう。

    近江の仏像は観音像が多いと言うけれども
    観音の変幻自在な部分を、まさに
    体現したかのような仏像存在に
    私はただただひれ伏すしかなかった。



    スポンサーサイト

    [20110928]

    近江八幡市は今でも城下町の風情が残り
    細い路地の両側には昔ながらの家屋が立ち並ぶが
    中には現代風のカフェやギャラリーなどが店を構えるようになった


    城下町のはずれにある小高い山の上にある
    [木の中地蔵]という名称で親しまれている
    願成就寺の地蔵菩薩を尋ねた



    商店街のはずれに車を止めて
    しばらく商店街の中を歩いて願成就寺の門前にある
    長い石段にたどり着いた

    この日は縁日であり、午後の法要を控え
    町の人々がノボリを担いで、長い階段を登っていた



    石段を登り切ると
    『今日しかお地蔵さんは見えんから是非、見てってな』と
    祭りの準備をしている地域の人の明るい笑顔に
    向かい入れられて、まだ準備中の地蔵堂の中へと入っていった






    厨子の中には等身大くらいの恰幅のいい
    地蔵菩薩が立っていた

    全身から煤を被り信仰の篤さを感じることができる

    菩薩像の衣紋の表情は
    流水のような上から下へ鋭さを帯びて
    流れ落ちている



    顔の表情は実に女性的であり
    厳しさと優しさを兼ね備えた尼僧の姿であった
    これほどまでに女性的な地蔵を見たことは今までにない
    名前とは相対した像に驚きを受けたことを鮮明に覚えている



    願成就寺
    滋賀県近江八幡市小舟木町73-1
    0748-33-4367

    木ノ中地蔵尊 毎年9/23開帳
    正午頃に開帳法要、法要中は拝観不可
    法要前の午前もしくは午後に拝観可能



    大きな地図で見る

    [20110630]

    かつての
    弥高寺・太平寺・長尾寺・観音寺
    伊吹山を中心とした寺院を巡った


    太平観音堂
    三原モーターズという自動車工場が
    現在の保存会の代表をやっており
    自動車工場に対して拝観の願いをする




    国道沿いにある三原モータースから
    伊吹山に向かうように細い路地を
    300mほど進んだところに綺麗な建物が
    現在、太平寺観音堂と称し
    円空が刻んだ十一面観音像が坐する



    像高180cmの十一面観音像は
    円空58歳の作

    円空は伊吹山で修行をしたと伝わっている



    円満の笑みを浮かべ
    お腹がふっくらしているあたりは
    どうしても丹波の達身寺の像たちを
    思い浮かべてしまう

    ※達身寺 十一面観音※



    衣紋というよりもひとつひとつの
    ピースで構成されたような造りで
    円空特有のゴツゴツとした
    印象を与えてくれた



    白洲正子は

    “かって伊吹村で円空作の十一面観音に
        出会った時の感動が私には忘れられない”


    “それまで私は、円空には人がいう程
         興味を覚えないがこの像だけは印象に残っている”


    と残している


    この太平寺観音堂の周辺の集落は
    伊吹山の中腹から昭和39年に十一面観音像とともに
    集団移転し鍵をあけてくださった二人の男性は
    その末裔だという


    東博で2006年に開催された仏像展では
    全国各地から円空が召喚されて、
    その光景にビックリしたのだという


    おそらく“うちと同じ顔の観音さんってこんなにいるんだ”
    って勝手に思ってる(笑)


    太平寺観音堂から伊吹山の裾を沿うように
    15分ほど車を走らせた山の中腹にある長尾寺を訪ねたが
    崖に集落があるようなところで
    何度も車を立ち往生しながら

    おそろしく細い路地を
    山に向かって進んでいった

    ここは運転技術がないものが訪問するのは難儀だろう
    自分も友人の力を借りながらなんとかたどり着いた

    山の上にある毘沙門堂では
    二体の毘沙門天が並んでいた




    ともに平安中期以前に遡る像であり
    住職の奥さまの話ではこの地域に仏師集団がいたことが
    わかっており、優れた造像技術と生産拠点を
    保有したという






    ここも太平寺と同じくもともとは伊吹山の中腹に毘沙門堂を建て
    そこに安置をしていたが崖崩れなどの被害が懸念されることから
    下の長尾寺に毘沙門堂を建てて保存する





    住職と奥様の話でかつての毘沙門堂にも
    いくつか仏像があるという話を聞いた我々一行は
    お堂に向けて山を登っていった



    はじめは集落への山の斜面を駆け下る水の流れ
    伊吹山の青々とした緑に紫を刺す紫陽花が咲き乱れる
    景色が美しかった







    男子が前を歩き、女子たちは奥さんが先導する




    近くの学校で教師をやっていた石マニアの先生が
    描いたとされる石像が我々を山へ誘うなか
    友人から“うわ、喰われた!”という声



    近づくと見たことのない生物 ヒルが友人の足に
    食いついていた!


    足から引き剥がそうとも強烈に食らいつき
    ゴムのような体がびよーんと伸びるだけだった


    ようやくヒルを離すと、そこにはジワっと赤い血液が
    浮かびあがる



    うわーーーなんて言って、あたりを見渡すと
    至るところにシャクトリ虫のようなヒルがうごめき
    我々に向けて集まってくる



    やばい!やばい!ってことになりパニックになり
    奥さんからどうする?!下山する?!と聞かれたが
    せっかくここまで来たなら!ということで
    先を急いだ


    迫り来る恐怖に怯えながら
    なんとかかつての毘沙門堂にたどり着く



    毘沙門堂の中には役行者像などがいる中
    お堂の右側にあった破損佛に全員の目が奪われた






    これは、なんだろう?!得体の知れない像は
    この堂の下から工事業者が見つけてきたものだという



    帰り道もヒルとの格闘


    今度はヒルが上から降ってきた


    ある女子は山道をまるで山猿の如く
    一人走り抜けていき、後ろで見ていた自分は爆笑だった(笑)



    命からがらw長尾寺に戻り
    庫裏で住職と奥様から苦労話などを伺う






    ほうじ茶を飲みながら
    足に感じた違和感・・・



    あ。。。 ヒル!!!!




    自分の足にしっかり食らいついて
    血液を啜っている真っ最中だった



    簡単に引きちぎれ
    奥さんの塩攻撃でみるみる縮んでいく



    “足元すくわれる”とはよく言いますが
    ここでは油断すると“足元吸われる”わけですわ。。







    [20110603]

    滋賀県の湖南エリアにある日野町は
    2010年10月17日~2010年11月23日にかけて
    本尊千手観音立像が開帳されていた
    正明寺の訪問以来であった

    今回は日野町の天台宗寺院【金剛定寺】を訪れた

    山門前の小さな駐車場に車を停めて
    古びた石段を数段あがる

    広がる光景はとても洗練されていて
    禅寺のような趣きも感じることができる



    野條叡信住職に案内されて訪れた
    奥の本堂大悲閣には数々の寺宝が収められていた


    見上げる高さにある厨子には
    本尊の十一面観音像、坐像



    室町期のカヤ材の作で
    丸山氏が最も愛でた像であったとのこと
    保存状態がよくかつての木目の素地を暗がりの中にも
    見ることができた


    淡くゆらめく蝋の火にあぶり出され
    世の中を憂いているように感じた



    厨子に向かって左側には
    二体の珍しい像

    左側に元三大師像
    前には角大師が置かれていた
    角大師像は愛らしくキャラクター性があり
    こんなことを言っては失礼だと思うが
    仏像というよりも人形のようであった



    右側にある阿弥陀坐像は
    装飾品を見にまとい阿弥陀如来ながら
    菩薩像のようである



    漆だろうか白色灯に照らされた
    阿弥陀如来の肌は青銅色のように見え
    それが洗練性を際立たせていた


    本尊の向かって
    右側には平安古像が二体鎮座している


    一体は不動明王及二童子立像。
    平安前期まで遡るであろうか、
    一木感漲る像であり、
    訪問前に写真を見てきたが
    立体で見る不動明王は
    巨木らしい威風堂々とした像であることが確認できた




    二童子立像は童子として名は付けられているものの
    プロポーションが良く幼い、というよりも若々しいという
    形容詞が近しいように感じた



    これは茨城県つくばみらい市にある
    “板橋不動”の名で親しまれる清安山不動院の
    秘仏不動明王の二童子に近しい表現である



    また眼を繰り出す表現は
    新潟県三島郡三島町にある寛益寺十二神将像の
    表現にも同一のものが感じられ
    ユーモラスな
    童子像を演出していた


    左側の聖観音立像は
    金剛定寺の数ある寺宝のなかでも
    一際、平安古様を残す像であった



    翻波式衣文はテンポよく流れ
    平安前期の作であることが推定できる


    微かな笑みを浮かべる独特な面持ちは
    簡素な表現ながら呪術的な
    ミステリアスさを残している

    見ているうちにどんどん引き込まれる
    魅力を本尊は持っている



    野條住職は音大出身で声明を勉強すべく天台宗の僧になり
    比叡山で修行、縁あって金剛定寺の住職に着任することになったそうだ
    住職はご自身が作曲した音楽は
    ローマ法皇の前で演奏されたこともあるのだという

    着任当時の荒れに荒れた金剛定寺を独り身で
    今日の禅寺とさえ感じるところにまで持ってきた苦労話をしていただいた

    ご本人は飄々と語るが
    その苦労たるや想像を超絶するものである


    庫裏にはグランドピアノが置かれ
    時にそのピアノで作曲活動をされているのだそうだ
    『わしゃあと10年以内にはいなくなるから・・・』なんて
    弱気なことを仰られていたが、

    金剛定寺の諸像とともに
    綺麗な音色をいつまでも
    この地に響かせてもらいたい



    滋賀県観光情報より>
    近江鉄道日野駅の西約2.2kmにある天台宗寺院。
    日野町内でもっとも古く、文化財が多い寺です。

    聖徳太子が建立し、奈良時代にはすでに相当の勢力を持つ寺だったといいます。 
    境内は、本堂である大悲閣と茅葺きの庫裏、
    1つの鐘楼を残す小ぢんまりとしたものですが、
    約400年前までは、現在地を中心にして東谷西谷のすべての地内に
    ぎっしりと堂塔伽藍(どうとうがらん)や僧坊が立ち並び、
    多くの学僧たちが、修行や勉学にいそしむ大法城を形成していたといいます。

    本堂大悲閣(たいひかく)の中には、国の重要文化財に指定されている
    平安時代の木造聖観音立像・木造不動明王及二童子立像をはじめ、
    各時代にわたる文化的価値の高い仏像が安置されています。

    〈重文〉木造聖観音立像 木造不動明王及二童子立像 奈良時代、
    聖徳太子開基の天台宗寺院。「月も日も入りぬるにじの中山や願ふ仏のみくになるらん」






    [20110516]

    湖南の善水寺は天台宗の古刹として
    奈良時代に創建されのちに最澄がここを訪ね
    天台宗に改宗したという

    本堂は国宝に指定されている茅葺き屋根
    本堂を訪ねると最近ご住職になられて間もない住職が
    我々を本堂の中央に座らせ寺の成り立ちや諸仏の概要について
    説明してくださった





    本尊の薬師如来は不定期に公開され
    前回は2001年に開帳されたが
    その前の御開帳は1949年で約50年ぶりの開帳であったという

    しかし本尊は自分も拝むことができていた

    それは2006年に開催された

    【天台宗開宗1200年記念 特別展 最澄と天台の国宝で
    東京国立博物館で拝むことができていた

    金箔が見事に残っていて
    指間の水かきが際立って目立っていたことを覚えている



    当時は仏像へ興味を持ってから間もなく
    本尊がとても貴重な像であったと
    知ったのはごくごく最近になってからだった


    薬師如来を囲んで十二神将、四天王が並んでおり
    その檀の最も高い位置に祀られていた帝釈天

    衣紋はしゃばしゃばと波紋を浮かべ
    まるで僧形像のように
    スネで切り替えしを見せている



    本堂の裏側も拝観でき
    若々しい像で表現されることが多い文殊も
    ここでは年老いた老人の像で表現されていた



    境内の隅には
    【善水寺】の語源ともなった
    清らかな水が湧いていた






    清らかな水で潤う寺院は
    体の中がスーっと洗われるような気持ちに不思議とさせてくれた



    HOME NEXT
    copyright © 2005 yoshiki all rights reserved.

    Template By innerlife02

    RSS1.0 ,

    [mixi]♥Sexy仏像♥&仏List
    カテゴリー
     
    最近の記事
    最近のコメント
    迦楼馬 (03/27)
    こんばんわ、お疲れ様でした。
    いつの日か関西方面での開催を五劫思惟の想いで待っていますね(笑)

    村石太い&しなもんてぃー (02/16)
    孔雀明王 仏像 愛知県で 検索中です。
    時折 孔雀明王の真言を 寝ているとき 唱えています。
    名古屋に 孔雀明王が ご安置 されている寺社は ないかなぁ
    宗教研

    こばりん (01/13)
    輪島を旅したとき立ち寄りました。素晴らしい仏像でした。

    yoshiki (12/23)
    不空さん

    神像もたせてもらえるんですかw
    安産寺年明け御礼参りをさせてもらう予定です。
    ことし一年お世話になりました。

    不空 (12/17)
    正覚院 → 正覚寺

    不空 (12/17)
    安産寺が一番というのは、今年を表してるね! それにしてもたくさん相変わらず行ってるね!だめだよ、地蔵尊に怒られるよ(笑) 山形のは、開けてくれて良かったですね、巨

    株取引の流れ (11/20)
    とても魅力的な記事でした!!
    また遊びに来ます!!
    ありがとうございます。。

    ブログ内検索
    月別アーカイブ
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。