然るを訊く
[------]

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


--------(--) --:-- スポンサー広告
  • | このエントリーを含むはてなブックマーク
  • | 編集 |
    [20120214]

    山陽本線と並行に走る国道250号線を藤井地区で
    右側に入ると雰囲気はがらっと変わり
    山里の新緑が広がった道が現れる

    程無く走ると左側に『明王寺』の看板が見え
    狭い石道を山へギリギリの道幅を車で進んでいくと
    駐車場に到着した


    そこから本堂は300m程度であり
    住職の案内のもと本堂の隣にある観音堂の本尊である
    聖観音立像を拝した

    観音堂の中央に佇む聖観音立像は
    平安前期に遡る、カヤの一木像である
    像高150cm程度の等身大よりかは
    やや小さな像である




    平安前期らしいエキゾチックな風貌でありながら
    頬ややや広がった肩などから角ばった印象をも受ける


    天冠台、腕につけられたバンド、天衣の様子からも
    この像はとてもお洒落な像である

    そして驚くべきは胸部にある乳首が存在する
    仏像であるということだ

    これはご住職に伺うに後補によるものであるという
    ことであるが他にない特徴として惹かれたのは
    言うまでもない



    この像はこれほどまでに
    美しく、お洒落であるにも関わらず
    男性的である

    それは仏像が両性具有の美と評される
    まさにその模範となるような仏像であると
    感じるのである


    地方における天台古刹
    この仏像からまさにそういった言葉が
    頭をよぎるのである



    スポンサーサイト

    [20120213]

    お寺の方から寺名の開示はしないように言われているので
    公表することができないが
    岡山県にある真言宗のとある寺院を訪問する


    月が広い境内を照らす中
    本堂にある諸仏を拝観させていただいた




    本尊の十一面観音立像はやや厳しき引き締まった面持ちながら
    スラっとスレンダーに伸びる体躯を持ち合わせる像



    住職曰く、文化財に登録すると
    管理が大変になるから登録はあえてしないんですと話を伺ったが
    地域の寺宝に間違いなく値する観音像である



    柔和な表情をしている聖観音
    十一面観音像と比べると人間に近い存在に感じ
    親しみを覚える



    なで肩であり女性的でもあり
    少年のような若々しさも感じる像である



    一方でこの地蔵菩薩は鎌倉の気風を
    集結させた生々しいリアルな表情をうかべる
    地蔵像である



    月夜に浮かび上がった諸仏は
    妖しくも美しく、不思議な空気でその場を包み込んだ



    [20111122]

    倉敷市から岡山自動車道を北上し
    山間の町“落合”で高速道路を降りた

    来た道を戻るように国道のバイパスを通っていくと
    ナビは旧道に逸れるようにアナウンスが流れる
    “ほんとかな?!”と疑問を感じながら曲って
    バイパスよりも狭い道を進んでいくと先ほどのバイパスに
    合流した。“なんだ遠回りだったじゃないか”

    バイパスをそのまま合流し鹿田方面に
    曲がる道を通っていくと道から更に逸れたあたりに
    目的地である勇山寺(いざやまじ)が現れた



    真言宗高野山派の寺院であり
    本尊薬師如来を祀っている


    薬師如来は三十三年に一度の秘仏であり
    次回平成45年に開帳するということで
    それに期待をするのだけれど、本尊の脇に
    国重要文化財に指定されている不動三尊が
    祀られている

    中央の不動明王は坐像ながら像高180cmという
    見事な造形であり京都東福寺の塔頭である
    同聚院の不動明王と同じように圧倒される



    不動明王に脇侍として構える矜羯羅童子は
    この寺院に訪問したいと思うきっかけとなった
    仏像であり、くっと左手を捻ったポーズが
    なんとも可愛らしくいつもは元気な童子として表現されることの
    多い矜羯羅童子だがここの像はどことなくおばさんの雰囲気を
    醸しだしている






    地元の檀家の方々が我々の訪問を快く迎えてくださり
    暫しの間、本堂の脇でお茶を飲みながら談笑させていただいた。

    ご住職はこの日急遽予定が入ってしまいお会いすることが
    できなかったのだがなんと22歳のご住職とのこと

    自分もまわりの人からは若いと言われるが
    自分よりも若いご住職にお会いしたことはなかった

    是非次回の訪問では同じ若い住職から色々
    お話を聞かせていただきたいなぁ




    [真庭市HPより]
    -------------------------------------------------------
    言い伝えによれば神亀3年、西暦726年、行基菩薩(ぎょうきぼさつ)が寺を開き、
    薬師如来像を彫ったと伝えられていますが、様式からは室町時代の作と言われています。
    またその後、弘仁6年815年、弘法大師により不動明王、
    矜羯羅(こんがら)童子・制?迦(せいたか)童子の三尊が
    厄難除けのため、彫られたと伝えられます。様式上は平安時代の作と言われ、
    いずれも国指定の重要文化財となっています。
    建久元年、1190年には、源頼朝の命により梶原景時が再建し、
    天神山(てんじんざん)を大寺山(おおてらさん)と改め、
    天領百石を寄付したと言われます。現在の勇山寺本堂は和様折衷の建物で、
    江戸初期寛文頃の建築と推定され、彫刻技術の美といい、
    仏寺建築としては郡内屈指の本堂です。
    -------------------------------------------------------







    [20111109]

    岡山県倉敷市には大原美術館の美術品や蔵造りの風情がとても好きで

    何度か訪問している、その当時はチボリ公園も運営していたんだけど

     

    安く美味い焼鳥屋も市街地にいくつかあって

    ここで岡山県の地酒を飲みながら焼き鳥を食らうというのが

    倉敷市を訪問する一つの目的となっていた

     

    今回、倉敷市に初めて仏像を目的として

    訪問することになった

     

     

    場所は倉敷ICから北西2kmほどにある安養寺

     

     

    到着するとまさに極楽浄土ジオラマ世界に

    迷い込んでしまったのではと思える光景にいくつも出会う

     

     

    寺の前には池が広がり大仏級の大きさを誇る

    半跏の毘沙門天がその池を見下ろし

    階段を登った先には多宝塔が聳えるといった

    そのスケールの大きさに圧倒されていたのだった

     

     

    しかしながら威圧されたのは伽藍だけではなく

    境内にある収蔵庫に入り、腰は完全に抜けた

     

     

    立ちはだかったのは

    毘沙門天がそのお堂の中を埋め尽くしていた



     


    薄暗かったためその造形の全てを見ることはできなかったのだが

    だんだん目が慣れて浮かび上がってくる毘沙門天は

    そのほとんどが平安時代に創られたものであろう像であった

     

     

    [貞観時代]など歴史を遡る像も多く存在し

    スペースを埋めるという意味では

    京都三十三間堂にも似た光景である



     

     

    しかしよくぞこれだけの毘沙門天が残されたものだ

     

    これほどの量になると一貫した

    毘沙門天信仰がこの地にはあったはずだ

     

     

    深い深い念にただひたすらに圧倒されたのだった

     

     

     

    安養寺 (倉敷市) - Wikipedia

     

    安養寺は奈良時代、報恩大師により真言宗の寺として開山。

    朝原千坊の中院として13世紀の室町時代には浅原の谷一帯に

    『浅原寺』と総称される寺院が立ち並んでいたとされている。

     

    池田家文庫等によると安養寺は享保2年(1717年)以前は

    現在地より220m南、倉敷市街よりにあり、

    客殿や庫裏を備えた朝原寺の本坊であったことが判っている。

     

    また、源平盛衰記では鹿ケ谷の変で治承元年(1177年)、

    備前国に追放された藤原成親が備中国安養寺に出家・受戒したと書かれている。

     

     

    安養寺は倉敷と総社を結ぶ浅原峠にあり、

    寺社地正面には天王池と呼ばれる池に朱色の浮見堂が造られている。

     

    参道の石段にある楼門の上に大きな毘沙門天が乗り、

    その下には船の大きな碇が置かれている。

     

    境内に上がると毘沙門堂に高さ約26mの

    多宝塔、羅教堂、鐘楼、茶室などが配置されている。

     

    本殿である毘沙門堂には、金色の毘沙門天本尊が祀られ、

    成願堂には平安時代に造営された経塚の出土品で、

    釈迦誕生仏像・瓦経・等身大の毘沙門天像などの文化財が保存され、

    仏像は無料で公開されている。

     

    約11tの重量がある梵鐘は中国四国一の大きさとされている。

    また、神仏習合の寺であるため境内には鳥居が三箇所あり、七福神の銅像も配置されている。





    [20111103]

    赤穂線 西片上駅で知り合いと待ち合わせをし走ってきた
    国道二号線を少し戻って200m弱の小高い山の辺を
    グルりと瀬戸内海側に回る



    [浦伊部]という地域を見下ろす山の中腹にある
    妙圀寺を訪問した。





    この寺は永長元年(1096)の開基であり、
    当初は天台宗寺院だったものの
    室町時代の始め頃に日蓮宗に転宗している



    戦国時代には諸堂のほとんどが消失し、
    本堂は260年前に新設復興し、備前藩主池田光政から寺領を与えられた。



    本堂の脇に小さな収蔵庫を構え
    明治30年国指定された釈迦如来が坐する






    康俊作(康俊は慶派仏師を推定されている)とあり
    この時代の仏像としては珍しく
    どっしりと力強いおおらかさを持つ像だ



    眼球がほのかに紅くおおらかさだけではない
    対峙する者を説き伏せる厳しさを表情から感じることができた。




    住職には大変丁寧に迎えていただき
    庫裏でお茶をいただいた
    忙しい旅の中でほっとする時間与えてもらった





    池田 光政wikipedia

    -------------------------------------------------------

    池田 光政(いけだ みつまさ)は、
    播磨姫路藩第3代藩主、因幡鳥取藩主、備前岡山藩初代藩主。岡山藩池田家宗家3代。

    姫路藩の第2代藩主・池田利隆の長男。母は徳川幕府2代将軍・秀忠の養女で
    榊原康政の娘・鶴子。当時の岡山藩主・池田忠継(光政の叔父)が幼少のため、
    利隆は岡山城代も兼ねており、光政はそこで生まれた[1]。慶長16年(1611年)に
    江戸に赴いて秀忠に謁見し、国俊の脇差を与えられる。慶長18年(1613年)に
    祖父の池田輝政が死去したため、父と共に岡山から姫路に移った。



    同じ年に父と共に徳川家康に謁見する。このとき家康は5歳の光政を膝
    下近くにまで召して髪をかきなでながら「三左衛門の孫よ。早く立派に成長されよ」と言葉をかけた。
    そして脇差を与えたが、光政は家康の前で脇差をするりと抜き、
    じっと見つめながら「これは本物じゃ」と語った。家康は光政の態度に
    笑いながら「危ない、危ない」と言って自ら鞘に収めた。



    そして光政が退出した後、「眼光の凄まじさ、唯人ならず」と感嘆したという[2]。
    元和2年(1616年)6月13日に父・利隆が死去した。



    このため6月14日に幕府より家督相続を許され[3]、
    跡を継いで42万石の姫路藩主となる。

    しかし元和3年(1617年)3月6日、幼少を理由に因幡鳥取藩32万5000石に減転封となった[4]。
    -------------------------------------------------------






    HOME NEXT
    copyright © 2005 yoshiki all rights reserved.

    Template By innerlife02

    RSS1.0 ,

    [mixi]♥Sexy仏像♥&仏List
    カテゴリー
     
    最近の記事
    最近のコメント
    迦楼馬 (03/27)
    こんばんわ、お疲れ様でした。
    いつの日か関西方面での開催を五劫思惟の想いで待っていますね(笑)

    村石太い&しなもんてぃー (02/16)
    孔雀明王 仏像 愛知県で 検索中です。
    時折 孔雀明王の真言を 寝ているとき 唱えています。
    名古屋に 孔雀明王が ご安置 されている寺社は ないかなぁ
    宗教研

    こばりん (01/13)
    輪島を旅したとき立ち寄りました。素晴らしい仏像でした。

    yoshiki (12/23)
    不空さん

    神像もたせてもらえるんですかw
    安産寺年明け御礼参りをさせてもらう予定です。
    ことし一年お世話になりました。

    不空 (12/17)
    正覚院 → 正覚寺

    不空 (12/17)
    安産寺が一番というのは、今年を表してるね! それにしてもたくさん相変わらず行ってるね!だめだよ、地蔵尊に怒られるよ(笑) 山形のは、開けてくれて良かったですね、巨

    株取引の流れ (11/20)
    とても魅力的な記事でした!!
    また遊びに来ます!!
    ありがとうございます。。

    ブログ内検索
    月別アーカイブ
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。