然るを訊く
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    [20090327]

    『こりゃぁぁ食ったら他に鶏肉、食えなくなるべ』

    と、主人はおっしゃいました


    ラーメンを食べにいったのですが
    差し出されているのは軍鶏刺




    こちらは珍しい軍鶏ラーメンを提供するラーメン屋。


    軍鶏のさしみは予約限定商品だけど、
    この日は運がよく、予約をせずにいただくことができた。


    軍鶏ラーメンはあっさり塩味でこちらも
    ウマイ。軍鶏は後味すっきりしているんだね。





    ってな感じの那須にあるラーメン屋


    ついでにこっちの茄子くんも掲載してしまう!!




    彼の家でお好み焼きパーティーをしました





    顔にラクガキされました

    人形に間違われそうです









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    2009-03-27(Fri) 20:08 | トラックバック(0) | コメント(1)
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    [20090326]

    なんどもなんども
    失敗しながら自分の頭にあるものをカタチにしたり

    思いつきのままカタチにしていったり







    栃木の益子は陶芸のまち

    小学校の頃は
    絵付けをやりに遠足にいきました


    あれから15年ほど経過
    あのときはそんな楽しいってことは思わなかったけど
    陶芸とても楽しいです。


    たぶん・・・ハマった

    [20090308]

    重文 男神坐像 1躯 平安時代・11世紀 京都・大将軍八神社蔵

    大将軍神は、平安京守護のためにまつられた方位神。神社には80体におよぶ、
    武装形、束帯形、童子形の神像が伝存した。この像は最も古様で、傑出したできばえを
    みせる。全容をヒノキの一材からつくり。背刳りして蓋板をあてる。着衣の一部に朱彩が残る。


    重文 狛犬 1 平安時代・12世紀 広島・吉備津神社蔵

    広島県所在の吉備津神社は備後国一宮で、3躯の狛犬が伝わる。この像は、そのうちの
    一躯で、対となる像は失われた。もともと狛犬は頭に角があるものが狛犬、角がないものが獅子
    と呼ばれたが、しだいに混同されてともに狛犬と呼ばれるようになる。


    不動明王立像 1躯 平安時代・12世紀 東京・大田区蔵




    頭頂に莎髻を結い、左眼をすがめ、口を斜めに噛み締めるなどの特徴を持つ
    不動十九観様の不動明王像。ヒノキ材の割矧造りで眼に嵌めた、珠や、両腕、両足の
    露出部、表面の彩色、金箔押しなどの後補も多いが繊細に整った作風は
    平安後期、12世紀のもの



    文殊菩薩立像 1躯 鎌倉時代・13世紀



    仏師善円(1197-1258)の書記の作例である奈良国立博物館十一面観音立像、
    米国アジア・ソサイエティ地蔵菩薩立像と作風が酷似し、善円の作とみてまちがいない。
    これらは像高も一致し5躯一具の春日本地仏(四所明神と若宮)中の3躯であった可能性もある

    重文 吉祥天立像 1躯 平安時代・11世紀 奈良・当麻寺蔵

    五穀豊穣と国家安寧を祈る吉祥悔過(きちじょうけか)の本尊として造られたものだろう。
    両手先を除く全身をケヤキの一材から彫りだす。衣文に鎬を立てた彫り口と、おごそかな
    容貌に平安初期彫刻の余風を残している。一材製の光背は他像からの転用である。

    十一面観音菩薩立像 1躯 奈良時代・8世紀 東京・大田区蔵



    製作が奈良時代に遡る木心乾漆造りの貴重な作品。大部分は木彫であるが、顔や
    腕には厚く木屎漆が用いられている。条帛を着けないのは菩薩像としてはめずらしく、細かな襞
    を連ねた衣の表現にも特色がある。頭上面の大部分は製作当初のものが残っている。

    重文 阿弥陀如来坐像 1躯 平安時代・久安3年(1147) 東京・文化庁蔵

    像内背面の墨書銘によって、久安3年に白衣弟子 源貞包らの発願による造立と知られる。
    平安後期の貴重な基準作。銘文中に『高八尺』とあるが、これはこの像が立ち上がった
    場合の高さで、実際には髪際までの高さをその半分の約4尺に造る。

    重文 不動明王立像 1躯 平安時代・11世紀


    教王護国寺(東寺)に端を発する真言系の不動明王像。顔の造りが小さく中央にまとまり、
    憤怒の形相もおとなしい。衣文は数少なく整理された感があるが峰に鎬を残す。
    下半身の重たげな肉づき、一木造りで内刳りのない構造など、洗練のなかに古様が混在する。



    腰あたりに一木が出てます


    観音菩薩立像 1躯 香川県大川郡丹生脇屋庵伝来 平安時代・10~11世紀






    円筒形宝冠をつける密教系の菩薩像。脚部に翻波式衣文のなごりをとどめる。
    宝冠の正面に釘孔があり、化仏などを付けていたはずであるが亡失する。
    頭体幹部を通してヒノキの一材より造り、体部の上下2ヶ所から背刳りをほどこす。
    左腕の肘より先、足先は後補

    重文 十一面観音菩薩立像 1躯 平安時代・10世紀 滋賀・櫟野寺蔵

    来迎印を結ぶ阿弥陀坐像。穏やかな顔立ち、浅く彫られた柔らかな衣文の表現など、
    定朝様式の特色を示している。頭体幹部をヒノキの一材から造り、前後に割矧ぎ、さらに
    割首としている。右腕の前膊より先、左腕の手首より先が後補のほか、補修された箇所が多い。


    重文 吉祥天立像 1躯 平安時代・10世紀 滋賀・櫟野寺蔵

    この像の材質は不明であるが、両手首先以外は一本の
    木から彫り出し内刳りをほどこさない。童子のような顔は10世紀末頃の彫刻に通ずる


    五大明王像 5躯 平安時代・11~12世紀 山梨・桑戸区蔵




    五大明王は空海が中国から請来した密教尊像。密教はインドの神々をとりいれて成立したが
    多くの面や手足を持つ姿にもその影響がうかがえる。五体揃う現像作例は極少なく、
    本一具は貴重な作例である。穏やかな表現から平安後期の製作と考えられる。



    今回の常設展は4月12日(日)までです
    個人的には丹生脇屋庵伝来の観音菩薩立像がよかったなーー

    毎回東博いっておもっていた
    写真撮っていい仏像とNGな仏像の違いは
    所有者が東博なのかどうなのかってのが大きいんだってね。

    東博所蔵のものは基本的に東博がOKをするかどうかの違いが
    あるらしくおおむね東博としては今のところOK出しているのだそう~


    東博はふとっぱらだね★

    [20090308]

    書き忘れている
    鹿児島最終日の備忘録


    この日は朝からびっくりするほどの
    抜ける青空




    出発まえの天気予報は軒並み
    曇りや雨だったのに到着してみたら
    見事によい天気になった3日間でした


    指宿から約1時間ほどの場所にある
    知覧という場所へ

    市役所近くのパーキングに車をとめて
    武家屋敷を散策




    今も居住をしているという
    民家の庭にどかどか入っていくのが
    なんだか不思議な感じがしたけれど
    ちょっとタイムスリップをして暫しの殿様気分を
    味わいました


    そしてこの知覧という場所は
    日本にとってとても悲しい記憶が
    閉じ込められている場所


    それが“知覧特攻平和会館





    この日記を書きながらも
    涙がとまりません

    太平洋戦争時代の
    特別攻撃隊
    つまり特攻隊の資料を展示している
    資料館があります


    1945年の終戦までに
    海軍
    • 海軍航空特攻隊員:2,531名
    • 特殊潜航艇(甲標的・海竜)隊員:440名
    • 回天特攻隊員:104名
    • 震洋特攻隊員:1,081名
    • 合計:4,156名
    陸軍
    • 陸軍航空特攻隊員:1,417名
    • 丹羽戦車特攻隊員:9名
    • 陸軍海上挺身隊員(マルレ):263名
    • 合計:1,689名
    の人々が特攻隊として自らが爆弾となって
    散っていきました




    この知覧の場所には47都道府県全ての地域から
    また、占領下にあった韓国や北朝鮮の人も
    この地に召集され、特攻隊として役目を果てしていったそうです。
    そしてその彼らも、日本人達と一緒に紹介しておりました


    彼らの手紙は
    残していく家族に対してあてたものが多かった

    ・お母さん お母さん 今俺は征く 母を呼べば母は山を越えてでも 雲の彼方からでも馳せ来る
    ・母はいい 母ほど有り難いものはない 母 ! 母 !
    ・人の世ハ別れるものと知りながら 別れはなどてかくも悲しき

    17歳~28歳くらい
    ちょうど自分と同じくらいの世代の人が
    日本を守るため、家族を守るために
    自らの命を散らせていったかと思うとはたして
    自分にできるだろうか。。。そんなことを思いました



    ここにある一枚の写真は知覧特攻隊の人が
    特攻する1日前に新聞社のカメラマンに
    最後の有志をみせようととらせた写真だそうです。


    犬を抱きかかえ、明日自分が死ぬということを
    わかっていながらも無邪気な笑顔ではげましあう姿は
    戦争という悲惨さを、逆にハッキリと浮かび上がらせます





    自分はおじいちゃんのお兄さんが
    沖縄の地で戦死しました


    5年前に沖縄にいったことがなかったおじいちゃんを連れて2人で沖縄に
    そのお兄さんの名前が刻まれた平和記念公園につれていく
    ことができました


    もうおじいちゃんは元気に動くことができないけど
    おじいちゃんが動けるうちにあぁやって
    一緒にいけたことが今ではホントによかった、、と思うところです


    知覧は沖縄とおなじくらいに
    日本人としていくべき土地なんだと感じます


    知覧をあとにして
    おなかも減ったところで
    鹿児島市内へ行き、鹿児島ラーメンを食べます

    豚とろ





    天文館ではとても有名な鹿児島ラーメンのお店
    らしく平日にも関わらず行列ができていた


    トロっとしたチャーシューが印象的で
    スープも見た目とは対照的にものすごいアッサリしていて
    グビグビ最後の一滴まで飲み干してしまいました




    おなかも一杯になったことで
    蒲生という場所にある大楠をみに



    トトロやもののけ姫に出てくる
    木霊がでてきそうな日本一の楠の樹


    樹齢1300才くらいじゃないだろうか、ということです。
    1300歳にあやかろうと落ちていた枝をもらってきたw


    霧島の高千穂の山を登ったところにある
    秘湯・新湯温泉 新燃荘(シンモエソウ)という場所にいってきた





    ここは混浴なのですが混浴にはいっている人の
    ほとんどが話かけてきてくれ、鹿児島のいいところを紹介してくれた。

    ・・・もうこれから帰るところなんだけど。。とはさすがに
    言えなかったんだけど、とてもいい人ばっかりなんだな、、ということを
    身にしみて感じます。




    曾孫までいるというおばあちゃんとおじいちゃんの老夫婦
    宮崎から来ているそうですが、ほんとに仲がよく
    とても温かかった。いい男だねぇーーとほめられ気分がよくなってしまいました(笑)


    そんな感じで硫黄臭くなりながら
    鹿児島空港へ
    途中、最後の観光地、嘉例川駅




    駅舎の木造建築は
    最古の存在ということ


    ノスタルジックな雰囲気が駅をつつんでいると
    ちょうどそこに電車が到着




    最後の〆として黒豚のカツどんと
    焼酎を空港のレストランでいただいたらアホみたいに
    テンションが高くなり、飛行機の中までも腹筋が割れるくらいまで
    笑い転げて、あぶなかったーーー、まわりのみなさんゴメンなさい。。





    濃いぃ3日間の旅もここでおわり

    東京に舞い戻ってきました








    [20090307]

    仕事帰りに3年ぶりの友達と
    WBCを見に行ってきた




    試合もみてきたんだけど
    ほとんどお互いの最近の近況ばっか話していた
    きがする(笑)



    終わったあとは水道橋の駅近くの
    馬肉料理屋へ






    馬肉食ってこれから加速つけていきたいっす


    トイレどこだーーー?!


    2009-03-07(Sat) 10:12 | トラックバック(0) | コメント(2)
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    [20090305]

    鹿児島の反対半島、大隅半島へ移動するために
    フェリーへ





    根占という町へ

    フェリーの中でこんなマネキン発見






    50分ほどの乗船で
    反対の根占に到着


    そこからさらに車で南下すること1時間30分



    そこはソテツの自生地となっており
    そこに住んでいるのはニホンザル




    ニホンザルの鳴き声が包む
    ソテツの森をかきわけ


    本土最南端
    佐多岬に到着





    そこからは海の向こうに
    うっすら硫黄島も見えます



    薩摩半島にフェリーに再び戻り
    半島まで飛んだ疲れを癒すために
    某露天風呂





    ここは開聞岳と目の前に広がる海のコントラストで
    日本で一番の絶景を味わえる露天風呂といっても
    いい場所かもしれない



    とっておきの場所として


    某・島 に訪問



    ここは干潮の数時間だけ
    島に通じる道ができるという場所






    モーゼのように海の間に現れた
    1時間後には海の底に沈んでしまう道を歩きました



    渡った島で拾ったヒトデでこんなものをつくったら
    後から来た人たちがみんな群がるように写真をとってて
    遠くでみていた自分はひとりウケてました








    この日の夜は
    豚しゃぶ








    この日みた桜島の噴煙のように
    もくもくと湯気が立ち込めます






    [20090304]

    ここんところ数日は鹿児島へ遠飛行

    空港に到着早々

    さつま揚げで鹿児島の雰囲気を味わって



    宮崎県に都城近く、
    “古里庵”という隠れ家の中の隠れ家的な地鶏の囲炉裏で
    で地鶏とともにタイムトリップを味わえます。






    高千穂牧場
    で濃厚なソフトクリームを味わって





    霧島アートの森でコレクションを拝観




    外が公園のようになっているので
    アスレチック感覚で外をウロウロ




    夜は指宿にいって
    指宿といえば、、の 砂蒸し



    砂って重っ!

    でも思ったほど熱くはなく
    余裕な顔をしていると
    係りのお兄さんが『はじめてじゃないね?』

    いやいや、はじめてです、、と答えると
    砂を3割増しで、小さな反抗をされました(笑)


    ホテルに戻って近くのスーパーで
    鹿児島のスーパースター 芋焼酎を購入!




    ツブ貝と馬刺しをつまみに




    ホテルのベランダに
    部屋のテーブルと椅子を出して
    アウトドアスタイルで焼酎を堪能


    焼酎ウマーーー★
    おかげでぐっすり就寝しましたよ






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    株取引の流れ (11/20)
    とても魅力的な記事でした!!
    また遊びに来ます!!
    ありがとうございます。。

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