1955年頃、富山市中心部で富山大空襲の復興事業を行っていた食べ盛りな若者たちの昼食として、また汗をかく肉体労働者のための塩分補給として醤油を濃くしたスープのラーメンを作ったのが起源である。もともと肉体労働や運動後の塩分補給、あるいは白飯を添えて食べることを意識した味付けであり、総じて塩辛い味付けになっていることが特徴。