然るを訊く
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    [20110127]

    福島県いわき市白水阿弥陀堂を訪問した時は
    天狗山から海へと吹き流される風がひどく寒かった



    過去の富豪が浄土への憧れを抱いた
    理想郷とは体感温度の低下を受け
    あまり感じることができなかった

    平安時代末期 藤原清衡の親族により
    建立されたと伝えられる阿弥陀堂は
    三方に池を抱き宝形造の建造物



    中の平安後期の模範となる佛像を拝した。

    阿弥陀如来像を中心に、
    観世音菩薩像と勢至菩薩像
    そして両脇に持国天、多聞天と配置する
    まさに東北の浄土“平泉”を模範とした
    配置であることが伺える



    ※ちなみに中尊寺金色堂では地蔵を配置し
    多聞天ではなく増長天という違いがある

    この“白水”という地名
    一説には平泉の“泉”という一字を
    “白”と“水”に分解したことに由来するという話がある

    中尊寺のそれとは大きさが異なり
    またガラス張りではなく、目の前で拝観ができて
    より佛像を近くに感じることができる


    最近は二天が中尊よりも大きく造られた寺院に
    伺う機会が多かったのだけれども今回は
    中尊である阿弥陀如来が最も大きく作られており
    この造営した人物の阿弥陀如来への浄土信仰の厚さが
    伺えた



    数ヵ月後には春を迎え
    草花が色づき、冬場のこの景色よりも
    美しく感じることになるんだろうな



    だけれどもその美しさもこの冬があってこそ。
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    [20110122]

    むかし千葉県市原市では
    日光寺収蔵庫の聖観音像を
    拝観したことがある

    同じ市原市の橘禅寺の鎌倉仏を拝した。



    地元の方が収蔵庫を開けると
    驚くほど量感溢れる佛像が現れた



    本尊の薬師如来は像高83cm
    両脇侍の日光菩薩、月光菩薩は像高110cm
    カヤならではの赤みを帯びた
    鎌倉らしい鋭さを残す像。









    常陸公蓮上・信濃公新蓮との
    両仏師によることが見つかった。

    収蔵庫の仁王は2010年の
    京都舞鶴多祢寺の収蔵庫以来の出会い。

    仁王はもちろんだけれども
    屋外に置かれていたため雨風による痛みが
    激しいのだけれど、その痛みが一層
    迫力を増すことが多々ある。



    この仁王も例にならってその痛みが
    像の内から発する弁慶の如く迫力を感じさせていた。
    こちらの仁王像は常陸坊・尾張坊覚念の両仏師の
    名が刻まれており2.4mの松の寄木。



    地元の方のご好意により
    佛像の背中側に回らせていただいて
    写真を撮らせていただくことができた。



    自分としては日光菩薩月光菩薩の
    凛とした内から出てくる迫力に目を奪われた。

    収蔵庫の外には像例としては珍しい
    立像の大日如来がいた。



    房総にこれだけ密集された佛像空間が
    あったとは驚きである。




    [20110120]

    真岡市にある専修寺へ訪問した。



    専修寺は真宗高田派の寺院。
    親鸞が生涯唯一、建立した寺院である。




    本山は三重県津市一身田町に、
    本寺はここ栃木県真岡市に構える。


    もともとは栃木県に建てられた寺院であったが
    戦国時代の戦火の末、三重県に移築されたという。


    自分の嫁さんは三重県津市の出身。


    2年前に訪問した時に判明した
    この事実に不思議な縁を感じ

    入籍の前には
    このお寺に訪問しようと決めていた。




    日本一の木造涅槃像を見たら
    自分の将来はこんな風にぐうたら過ごすのかなぁと
    イメージできて




    住職と親鸞に明日入籍をするということを伝えたら
    阿弥陀如来からダブルOKをGETできた。



    [20110119]

    幼いころ、うちは両親が共働きの家庭だったので
    頻繁に祖父祖母と過ごすことが多かった。



    去年は両親に温泉旅行をプレゼントしたので
    独身生活最後の日は祖母を旅行に招待しようと決めていた。


    とらや東京ミッドタウン店を建築した内藤廣氏 
    建築の益子町『フォレストイン益子』を予約した。


    到着が遅かったため日が堕ちた暗闇の中
    独特の曲線を描いた宿泊棟が浮かび上がる





    室内はロフト付きで一部屋で
    最大5人くらいは宿泊できるであろう
    とても大きな施設。






    フォレストイン益子は少し高台にあるため
    部屋からは陶芸の町である益子の街並みが覗ける


    婆ちゃんはピースしたり、
    お喋りが止まらなかったりいたく楽しそうだ


    19:30になり食事へと
    館内にあるフランスレストランへ移動する





    この日入荷したという
    メニューに載っていない赤ワインをチョイスし
    色とりどりの野菜を祖母のノンストップトークを
    BGMに味わった



    お酒飲めないのに、よくこんなに喋れるな・・・









    食事をしていると
    粉雪が窓の外をちらつき始めた。


    知人によく似たウェイトレスに
    『益子は雪がよく降るのか?!』と尋ねると
    『益子で雪は滅多にふらない』とのこと。



    寒さゆえ、室内の暖房が
    恋い焦がれるほど愛おしい存在に感じる夜。



    朝目覚めると、窓の外は白銀世界。



    車の窓につもる雪を
    車の中にあったクリアファイルで応急的に払い
    家路に向かった




    きっと今頃、祖母は近所の人に
    自慢しているんだろな。


    それはそれでやった甲斐があるってコトか。

    [20110117]

    たくさんの人々に迷惑をかけ
    たくさんの人々の援助を賜り

    2011年1月17日 結婚しました。




    そして5年住んだ恵比寿を離れ、品川区での生活がスタートしました。


    多くのひとびとに感謝。。
    これからも引き続きよろしくお願いします。






    2011-01-17(Mon) 21:31 | トラックバック(0) | コメント(23)
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    [20110115]

    冬ならではの海の幸を食べたくなり
    福島県相馬市へと車を走らせた。

    途中、那須湯元の鹿の湯に入った


    この日はいつもに増して温度が熱かった。
    41、42、43、44、46、48度と6つに別れた
    温度の異なる浴槽が特徴であり、僕はいつも46が
    日課となっていたが、時折48度から常連客が
    お湯を引き入れて、ほとんど変わらない温度に
    なっていた。有難いやら迷惑やら・・・。





    東北道は白河を境にして、天気が一転した。
    粉雪が舞い始めたと思いきや、雪はものすごい風と共に
    車に体当たりしてきた。

    吹雪の中北上をして福島インターで高速を降りる。
    そして重文の千手観音がいる大蔵寺の脇を抜け
    相馬市へと山越えに挑むが、途中で灯りがなくなり
    さらに凍結した路面が永遠と続いたときには
    気が遠くなりそうになった。

    なんとか持ち堪えて車を走らせると、
    相馬市の明かりが見えてくると心底ホッとした。

    相馬市内の松川浦を望むホテルに宿泊する。

    ホテルで提供された
    海の幸はかなり豪華だった。

    松川浦付近で採れた
    勘八、鮪、鰤、牡丹海老、鰈、鯛兜、鱈などなどが提供されて地酒を共にいただいた。











    これで2食で6800円はかなりお値打ちである。


    松川浦は海苔が有名だそうで売店では味付けから、
    味噌汁ありとあらゆる海苔が販売されていた。


    翌朝は松川浦へ降り注ぐ朝日を見ながら目覚めを迎えた。
    車の屋根や地面にはにわかに雪が付着して寝ている間に
    どうやら降ったようだった。



    車に乗り込んでいわき市へと向かう
    相馬市からいわき市はイメージとしては
    かなり近かったのだけどいざ出発してみると
    約100kmもの道のりでびっくりした。

    いわき市の出来事はまたの機会に。



    隣県であるにも関わらず、片道4時間もかかる
    相馬市の立地には自分にとって近くて遠い国でした。

    しかし胃袋は海の幸で満たされて満足の訪問となった。
    また機会があれば来たいと思う。


    [20110114]

    銚子港を出発して千葉県山武市松ケ谷にある勝覚寺を訪ねた。
    九十九里浜ならではの長閑な平野風景の中に
    ポツンと現れる真言宗智山派の寺院である。



    本堂を彷徨いていると住職が本堂の
    鍵を開けに来てくださった。

    本尊の釈迦如来像は現在修復中かつ
    庫裏の改修を直前に控え中央には
    普段いることのない大日如来が座していた。

    本尊の周辺にはいかにも中央の優作を模した
    四天王像が四隅に配されている。



    持国天213cm 増長天203cm 



    広目天204cm 多聞天207cm





    一目みただけで確実に奈良の影響を受けた
    仏師の手によるものであるということが分かる
    堂々とした四天王像。鎌倉期のものだろうか。

    住職は仏像に非常に精通されており
    常灯寺の修復に際しての寄付金や
    国の佛像修復の予算が7億でうち千葉県の予算が
    三千万しかない、同じ県文の阿難、迦葉像の話などなど

    ともかく色んな話をしてくださった。



    特に興味深かったのがこれほどの優作にも関わらず
    仏像のスポンサーが判明していなく、かつてこの地には
    有力な豪族がいなかったにも関わらず、
    どの理由やルートでこの土地に伝わったのか。

    住職の考えによると鎌倉仏師が海路で運んできたのではないか
    その根拠として大網白里町に四天木(してぎ)と言う地名があり
    この四天像が運ばれたことで、そのような名前が付けられたのでは
    ないかという。

    話を訊くと千葉県山武市では定期的に秘仏公開バスツアーを
    実施しているそうで、是非それに参加したいと思うのであった。

    この住職とお話をするだけでもまた訪問したいと
    感じる佛たちであった

    [20110114]

    銚子の昼食はやはり漁港へ行き着いた。
    最初に入った店が名物の金目鯛が切れてしまって鮪しかないと
    いうので別の店“浜めし”に入った。



    家族経営をされているような雰囲気で

    外の印象と一変して店内は人が溢れかえっていた。

    そして注文をした三色丼も溢れんばかりの

    鮪、雲丹、いくらが盛られていて
    銚子港の魚でお腹もいっぱいに満たされた。




    気づいたら外に行列が出来ていた。

    [20110113]

    毎年1月8日は常世田薬師(とこだやくし)として親しまれている
    千葉県銚子市常灯寺の御開帳に足を運んだ。



    都心から車で3時間。途中で同行者を拾って
    太平洋に突き出た銚子という関東地方
    最東端の町へ到着した。

    国道126号を旭市から銚子市へ向かう途中を
    北側に少し入ると長閑な風景が現れた。



    海沿い特有の土地だからだろうか遠くには
    風力発電の風車がみえた。常灯寺の茅葺き屋根の本堂の
    手前には牛小屋があり、中には乳牛達が飼育されていた。



    年1の御開帳は盛大に開催されており
    山門をくぐった少し先にある本尊の薬師如来が
    収められている収蔵庫の前には
    多くの方が薬師如来を拝もうと列を成していた。






    自分もその列に並び薬師如来と対峙した。
    薬師如来は像高1,4mの檜の寄木。
    定朝様式からは少し時代が経過し
    鎌倉特有のシャープさも垣間見える。
    あまり御開帳されることがないからだろうか
    漆箔がかなり残っており、裳懸座である。
    江戸作の十二神将像も周りに配されていた。



    均整が取れており、鎌倉仏師の作かもしくは
    地元でもかなり優れた仏師の作と想像できた。

    年1回の大祭ということで近隣中学生による
    太鼓囃子が茅葺き屋根の本堂で行われた。



    音色は風車の風に乗って
    遠くまで、あたり一帯に響き渡らせていた。

    [20110112]

    この響きがずっと脳の隅っこに
    こびりついていた。


    木喰という仏師を知ったときに
    聞いたその響きに脳にこびりついていた
    言葉を連想したのはいつの頃だろうか


    今回ふとしたタイミングで
    栃窪薬師堂にある木喰作の薬師像を拝した。



    1月、4月、12月の第一日曜日に開帳されるという像だ。

    この栃窪という場所は、
    自分の母校と目と鼻の先。

    話はそれてしまうけど、
    自分は隣町のこの鹿沼市に宇都宮市から毎日自転車で通っていた。

    母親が田舎人間らしい変なところ厳しい性格だったので、
    雨の日も雪の日もほとんど送り迎えをされることなく
    片道45分の道を山を二つ越え、毎日自転車で通っていた。
    ちなみに高校時代は遅刻することもなく皆勤賞BOYだった。

    毎日自転車に乗るのが飽きる時、
    家の前から実費でバスに乗って高校に通った。

    栃窪薬師堂の前に立つバス停の名前を確認すると“木喰堂前”と書かれていた。

    自分のこびりついた響きが合致した瞬間だった。

    自分はバスに乗って高校に通う時、
    この木喰堂前のバス停を通過していたのだった。

    僕はバスにはほとんど乗ることがなかったため、
    バス停の響きであったとそれがわからなかったのだと思う。



    拝観は近所の管理者の方が車に乗ってやってきてくれた。




    仏像が置かれている大谷石で出来た収蔵庫の鍵を開けていただき
    微笑を浮かべ丸みを帯びた薬師如来像を拝観した。



    お菓子で例えると“おばあちゃんのぽたぽた焼き”みたいな薬師像だ。
    木喰作としては初期にあたるということで木喰特有の微笑も控えめである。




    この像は数年前の東博の仏像展のみならず
    海外から召喚されて海外旅行もしたというのは地元民からすると一つの自慢話だそうだ。

    木喰は生涯3回、栃木県に訪問しているが、
    鹿沼栃窪に訪問したのは2回目のこと。
    今市から下って鹿沼にたどり着き、当時としてはロングステイの5ヶ月間も滞在したそうだ。





    当時の木喰なんて有名ではないだろうし、
    どこぞの者かわからない人間を5ヶ月もの間、
    滞在させ食事も与えたとされる
    栃窪の人間は地元民として誇らしいエピソードのようだった。

    そう考えると薬師像の微笑みは、
    誇らしい微笑みのように見えた。


    [20110110]

    大学時代のダンスサークルの10周年記念EVENTが
    渋谷にて開催されてOBとして招待され遊びにいってきた



    渋谷に0時・・・なんて
    会社の飲み会でもやることがない時間に集合。

    自分がやっていたころとはまるっきり違くて、
    上手な後輩がたくさんいた。

    18歳の子なんて、自分が初めてサークルに入って
    ダンスをやりはじめていたころは、まだ小学校で
    かけ算習っていたころなんだろな・・・
    こういう時に“自分老けたな・・・”なんて思うワケです。


    ダンスレベルがあがっていることも感動したけれど
    ほかにもたくさんいいな、って思ったポイントがあった。

    一つ目はストリート感が損なわれていないコト。

    競技ダンスのようなサークルもたくさんあるけど
    あぁいうにはなって欲しくない

    二つ目はOBだけれども後輩たちをサポート
    してくれている後輩たちがたくさんいたコト。



    後輩のEVENTに出演してくれたり、MCやって
    場を盛り上げてくれたり、すごいいいと思った


    自分が幹事となって
    夏にOBと現役世代を交えて同窓会開催したことが
    今回のEVENTのきっかけになったとしたら
    やってよかったなぁ、、としんみり感じる。


    そして何年ぶりだろうか。。
    自分もステージ立たせてもらった。
    しかもソロパフォーマンス。そして音源用意してなかったし
    振り付けも考えていなかったから、その場の音にあわせて
    踊るという、完全ぶっつけ本番。


    結果は、すごい楽しんで踊ることができた。
    手前味噌ながら評判も上々。



    テキーラもたくさん後輩に飲まされて
    フラフラながらも、フロアでも踊って
    汗ビッショリかいて帰路についた。

    アラサー、翌日には筋肉痛が
    全身を襲うのでした。。。

    仏像や旅ばかりだけでなくたまには
    ダンスもやろうかなと思ったり
    ともかくK・S・Tはよい場所でした


    2011-01-10(Mon) 07:36 | トラックバック(0) | コメント(4)
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    [20110109]

    東京から普段降りることのない
    名古屋の駅で人生二度目の近鉄線に乗り換え
    津市に向かう。この行程わずか二時間半。

    津駅で仏像仲間のキッシーと尚さんと待ち合わせをして
    楽しく三重県の仏像巡りを行った



    津駅のロータリーのすぐ後ろに小さなお堂を
    構えた蓮光院初馬寺があります。
    本堂の秘仏馬頭観音の前で般若心経を唱え
    本堂の迎えにある収蔵庫にて秘仏である
    二体の如来像に出逢う。



    一体は平安初期に製作された大日如来像。
    眉、眼、唇、胸などの部位に制作者の意図と思える
    強調表現が伺え立体感だけではない何かを訴えてくる。
    仏像東漸という四日市博物館で数年前に開催
    された仏像展の図録をみた上で訪問したのだけれど
    その図録よりかは少し小ぶりな印象を受けました。
    でも体内から発する上記の強調表現がより引き立つ印象を受けました。




    一方の薬師如来像は伏し目がちな創りで可愛らしい顔づき。金箔を残した




    住職は終始笑顔で応対してくれ、我々も住職と
    あれやこれや、仏像の話をさせていただいた。
    ここ初馬寺の大日如来は
    日本三大平安初期の大日如来に指定されているのだそうだ
    そしてこの指定をしたのはほかならず松浦先生という。
    松浦先生を最初に見たときは“何処ぞの坊主だ?!”って思ったそうですw



    住職は終始笑顔で応対してくれ、我々も住職と
    あれやこれや、仏像の話をさせていただいた。
    ここ初馬寺の大日如来は
    日本三大平安初期の大日如来に指定されているのだそうだ
    そしてこの指定をしたのはほかならず松浦先生という。
    松浦先生を最初に見たときは“何処ぞの坊主だ?!”って思ったそうですw


    四天王寺



    初馬寺から500mほどの距離にある初馬寺の本寺。本堂の右隅にある薬師如来。
    やや小顔な造形は平安後期からの豊満なものより以前、
    もしくは鎌倉以降のものであるように感じました。



    ガラスケースの中に入った像で反射でよく見れなかったのが少し残念
    でした。見た目にも新しい寺であることが分かりました。
    と、いうのもこの四天王寺は次戦の戦火によって大部分を失ってしまい、
    同時に仏像も焼かれてしまったと言います。
    まさにこれから生まれ変わっていく寺院であるというように感じました。


    津市から一気に北上して鈴鹿市へ

    鈴鹿市の住宅街の中にある神宮寺
    到着すると住職は大晦日の準備に追われて忙しくされていた。
    そんな住職に案内されて本堂にある、珍しい深沙大将を拝することができた。



    明らかな地方仏師の作風とわかる個性的な顔立ち。まさにウルトラマンに登場する怪獣のようであった。
    その最たる箇所は口に加える蛇であろう。そして膝の象も鼻がもがれてしまったのか、
    怪獣らしい顔づきになってしまっている。



    収蔵庫には持国、多聞の二天。一木らしいどっしりとしながらも
    伸びやかな像高や眼の大きさから見るに平安後期以降のものだろう。





    薬師如来は張りのある下膨れの顔立ち、やや古様ながら衣紋の繊細な創りには驚愕する。



    腰から太ももにかけての張りの表現は平安初期の特徴を残すものであると感じる。
    同じ収蔵庫には淳和天皇像という珍しい造像例もあったがなんともいえない
    異様さを醸し出していたのが印象的でした。



    住職はとても親切な方で“よくわかんねーんだけどさ”とかいいながら、
    丁寧に教えてくれた姿には感動した。






    伊勢へ


    神宮寺から国道を南下して津のインターチェンジから高速道路に乗って
    一気に南下する

    伊勢をすぎて二見という夫婦岩で有名な地にある太江寺(たいこうじ)に訪問する。
    本来秘仏として正月三ヶ日に開帳となる十一面千手観音を小雨が降り始めたところで拝観する

    住職とともに閉じられた厨子の前で般若心経を唱えたのち、
    住職の手により厨子が開けられた。



    平安後期から鎌倉時代と思われる、凛々しさが感じられる像であった。





    住職の話によると作者もまだわからないということであったが
    円派仏師の流れがあるということだ。だけど自分としては
    慶派仏師に近い鋭さがこの像からは感じられた気がした。
    大きな体躯といい素晴らしい像からは中央との結びつきが強かったのではないかと想定される。

    ちなみに般若心経を唱えた際に住職が叩き上げてくださった、
    太鼓の音は独特で盛り上がりが昂ぶった際に太鼓のソロパートがあったことが印象的であった。


    二見をあとにした僕らはすぐ近くの伊勢神宮を参拝することにした。
    前回は4年ほど前だろうか、成人式で賑わっていた境内は、
    今回は新興宗教団体と思われる人々の影響により別の意味での賑わいを見せていた。



    前後のスケジュールが押していたもののなんとか参拝、
    そして参道での伊勢うどんを食すことができた。




    伊勢うどん、実は結構苦手だったのだけれど今回訪問した
    岡田屋という伊勢うどん屋では独特の甘ったるさのない、
    スッキリした伊勢うどんを味わうことができました。

    ただ楽しみにしていた甘酒は完売してしまったいたので
    次回はぜひ甘酒を味わってみたいと切に願いました。


    去りぎわに久昌寺を有する鷲嶺の頂上に堕ちて行く夕日を
    拝することができてなんともいえない、神々しい景色に出会うことができた。

    伊勢神宮の北側 伊勢市内楠部町に近年文化財の指定を受けたとされる
    平安初期の薬師如来像があるということを知って伊勢神宮のあとに訪問した。

    五十鈴川のほとりに現在は老人集会所と合併している心證寺を訪ねる。



    到着したときにはすでに近所の管理者の方々と数人がお待ちくださっていた。

    “もっと年寄りが来ると思ってましたよ” と驚きの声で迎えられ、
    まだ新しい畳の匂いが残る拝殿に案内された。



    正面に薬師如来一体のみが置かれ、まわりの榊が備えられ、
    大切に管理されいる様子が伺えた。



    もともと個人所有だったものがこの寺に寄進され、
    もともとは茅葺雨ざらしの貧相なお堂を地元の方々の厚い保護で現在は立派なお堂が建ったのだということだ。

    大胆な彫りからなる衣紋と頭頂の形に平安初期ならではの呪術的な怪しさを伺える。
    その衣紋と対照的な量感溢れる楕円形の頬。少年のような若々しさも感じさせてくれる。
    左手の袖口までまるで蒲鉾のような衣紋は作者の強い信念を伺うことができました。


    管理者の方々としばらくの間話をさせていただいたのだけれど、
    この土地は伊勢神宮の力があまりにも強かったため神仏習合のような
    文化は発展しなかったのではないかと考えられているそうだ。




    伊勢から北上し津市で尚さんとキッシーとお別れし白山町に向かいました。
    秋のに続いての伊勢道に訪問したが神道に負けない仏像文化の隆盛を感じることができました。


    [20110105]

    午前中にお墓参りが済んで
    ポッカリ時間が空いてしまったので
    室生寺に行くことになった

    この日の奈良南部~三重県西部は
    風の音で目が覚めてしまうほどの風とともに
    寒冷前線通過による雪で
    室生寺へ向かう途中から吹雪の銀世界に入っていた

    大三駅から名張で乗り換え
    名張から約10分で室生大野口駅に到着した

    バスの時間が2時間に1本しかなく
    自分が到着してから次のバスまで約1時間もあったため
    駅前でタクシーを拾って室生寺へ向かった



    “今年は遷都祭の影響でたくさんの人が訪れた”
    “こんな雪は4年ぶりだ”

    などの会話を交わし
    女人高野 室生寺へ到着



    太鼓橋の前では橋本屋の店主が雪かきをしていた。



    “すごい日に来たね”

    室生寺といえば土門拳の影響からか
    雪のイメージが強かっただけに
    こんな反応が来るとは思わなかった


    大雪の日は観光客よりもカメラマンが多い
    ということを聞いたことがあったが、
    まさにその言葉通りで三脚を担いだカメラマンと
    思しき人々がたくさんいた



    金堂の外から国宝十一面観音を拝する
    遠目に見ても美しい像であることが分かる。
    ポージングが豊かな十二神将像は諸像の前に並べられているが
    コミカルなポージングゆえ、守っているよりも
    諸像との関係は子供たちというような印象をもった。



    白銀世界に浮かぶ仏像群をみたあとは
    五重塔へ。まさに土門拳がおさめた写真そのものの
    世界が広がっていました



    最後には弥勒堂を訪問し国宝釈迦如来坐像を拝んで
    再びタクシーに乗り込みました

    大晦日の室生寺。
    昨年は遷都祭の影響でカウントダウンイベントが
    催されていたが今年はひっそりとした山里の寺院という
    普段の静けさを取り戻していた。

    室生寺はこれから
    ちょくちょく訪問することになりそうなので
    楽しみである。





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    [mixi]♥Sexy仏像♥&仏List
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    迦楼馬 (03/27)
    こんばんわ、お疲れ様でした。
    いつの日か関西方面での開催を五劫思惟の想いで待っていますね(笑)

    村石太い&しなもんてぃー (02/16)
    孔雀明王 仏像 愛知県で 検索中です。
    時折 孔雀明王の真言を 寝ているとき 唱えています。
    名古屋に 孔雀明王が ご安置 されている寺社は ないかなぁ
    宗教研

    こばりん (01/13)
    輪島を旅したとき立ち寄りました。素晴らしい仏像でした。

    yoshiki (12/23)
    不空さん

    神像もたせてもらえるんですかw
    安産寺年明け御礼参りをさせてもらう予定です。
    ことし一年お世話になりました。

    不空 (12/17)
    正覚院 → 正覚寺

    不空 (12/17)
    安産寺が一番というのは、今年を表してるね! それにしてもたくさん相変わらず行ってるね!だめだよ、地蔵尊に怒られるよ(笑) 山形のは、開けてくれて良かったですね、巨

    株取引の流れ (11/20)
    とても魅力的な記事でした!!
    また遊びに来ます!!
    ありがとうございます。。

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