然るを訊く
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    [20110331]

    手芸しーの



    ゲームしーの




    わらいーの





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    2011-03-31(Thu) 07:52 | トラックバック(0) | コメント(0)
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    [20110330]

    香川県を善通寺から高知県を目指した。
    高知県は4年ほど前に秋鰹を食べに出てきた以来だ。

    海沿いのコンビナートなどを横目に
    そそり立つ山の上の竹林寺を訪問した。



    山号を五台山と称し、
    真言宗智山派の寺院である。

    聖武天皇の命を受けた行基がこの地に栴檀で
    文殊菩薩を刻んだことが始まりだといい
    宝物館には実にバラエティ豊かな仏像たちが
    収められていた。


    ■ 木造文殊菩薩及侍者像 5躯 -



    ■木造大威徳明王像(鎌倉時代)



    ■ 木造阿弥陀如来立像(平安時代後期)



    ■ 木造多聞天・増長天立像(平安時代後期)

    ■ 木造愛染明王坐像(鎌倉時代)



    ■ 木造千手観音立像(鎌倉時代)



    ■ 木造薬師如来坐像(平安時代後期)

    ■ 木造十一面観音立像(平安時代中~後期)

    ■ 木造釈迦如来坐像(平安時代後期)



    ■ 木造勢至菩薩立像(平安時代後期)

    ■ 木造阿弥陀如来坐像(平安時代後期~鎌倉時代)

    ■ 木造白衣観音立像(室町時代)

    ■ 木造馬頭観音立像(室町時代)

    ■ 木造大日如来坐像(鎌倉~室町時代)


    ずらーっと並んだ仏像群は一つ一つが
    その産まれた場所や時代、その背景も異なっている像だろう。

    本尊は秘仏のため拝することはできなかったのだが
    特に本尊の文殊菩薩像の眷属たちは唐風の服装のみならず
    通常は老人や童子、仁王のような像様々が存在しているが
    こちらの像はどれもこれも童子のような
    とてもコミカルでかわいらしい像であった。







    余談だけれども

    近くの桂浜で有名な坂本竜馬の像を
    はじめて見ることができた。




    闘犬センターの絵が強烈すぎた・・・・




    [20110329]

    川西市の中心地からほど近く
    相当な傾斜の愛宕山の中腹にある
    高野山真言宗の古刹 神秀山満願寺
    本尊千手観音が御開帳になっているということで
    篠山からの帰り道に訪問した。



    ご住職にはご都合があるということで
    かなり無理なお願いをして訪問し
    予定よりも30分程早く到着することができた。


    駐車場に車を停めて
    近代的な山門を急いでくぐって
    本坊でご住職に挨拶をして
    観音堂へご案内いただいた。


    観音堂の厨子の中央には等身大の大きな
    千手観音立像が光に浮かび上がった。



    複雑に絡み合った腕、目は力強く閉じ、
    衣紋はなだらかならが裾元付近には翻波式を
    残している。





    強張った表情と飛び出してくるような
    頭上の化仏からはどことなく
    三重県、観菩提寺の十一面観音像を姿を
    感じていた。



    帰ろうとする自分達を住職は呼び止め
    “少しの時間であれば金堂も見ていきますか?!”と
    すでに閉まってしまった金堂の鍵をとって
    ご案内いただいた。


    金堂の中にも密教佛が整然と並べられており
    厨子の中には阿弥陀像を置き、そのまわりを四天王が
    囲っている。その四天王達は近くの寺院から
    身を寄せてきたという伝承があるようだが
    確かに顔を見てみると、前列の持国天、増長天と
    後列の広目天、多聞天との表情に2パターンの表情の違いを
    伺うことができた。




    前列の二体は持国天、増長天ながら
    異国風の甲冑や表情は兜跋毘沙門天ではないだろうか。
    その証拠に増長天には兜跋毘沙門天と
    ツイになっている地天女が確認できた。


    お堂の左側には厳しい顔の弘法大師像
    まさに今日本が抱えている危機と対峙しているような
    逼迫の表情をしていた。



    その隣りには長身のスマートな十一面観音像
    衣紋のなだらかさからは平安時代の時代は
    そこまで下らないと思うが、直線的な像は
    古い時代の流れを組んでいるように感じた。



    中央厨子の右サイドにも2体の古像が存在する。

    一体は薬師如来、もう一体は聖観音像である。


    この二体ともかなり個性的な像であり
    薬師如来は吐出して彫られた
    大きな鼻と小さな目は七福神のような
    ふくよかさを放っている。



    しかしながら衣紋は平安の前期程度まで
    もしかしたら遡ることができるかもしれない
    古い木彫となっている。


    聖観音像は一木らしい重厚感に溢れる像であり
    大きな像ということも相まって相当な存在感を
    放っていた。






    あたりは日が堕ちて
    この日出会った丹波摂津が育んだ豊かな仏教文化を
    感じながら大阪へと車を発進させた。


    [20110328]

    伊豆修善寺にある“やまんば”を訪問した




    “やまんば”という名前とは似つかわしくない
    優しそうなお母さんと息子さんの二人で営んでいる

    この日は煮付け定食をオーダーした。

    先付けとして提供されたのは
    鶏のつけ焼き


    うざく


    特に、うざくは爽やかな鰻を味わえる一品として
    絶品でした★

    金目鯛の煮付け


    やや小ぶりながらも身が引き締まっており、じゅわっと口に広がる
    甘みが最高。



    最後は酸味で再度口の中をフレッシュし
    気持よい時間を過ごすコトができました。

    [20110327]

    姫髪、親不知という山々を抜けて
    兵庫県丹波市氷上町にある
    十九山達身寺に辿り着いた。




    かつては真言寺院として隆盛をしていたが
    明智光秀の丹波攻め、疫病の流行などから
    散り散りになった仏像たちを村人が
    収集しこの地においたことが現在の古佛群の
    由来だそうだ。


    茅葺きの本堂の奥には破損佛だけを
    資料とともに展示した部屋そしてその隣りには
    大きな収蔵庫が建てられており
    その中に約80体もの仏像が並べられている




    特に収蔵庫には達身寺式と呼ばれる
    腹部を誇張した一木の古佛群がところ狭しと
    陳列されていた。



    奥様に写真撮影を快く快諾いただき
    さらに話ではこの腹部の誇張は
    現代における所謂、[安産祈願や子宝]の
    信仰があるのでは?という
    興味深いお話もしていただいた。



    なるほど、明らかにここまで誇張した表現の仏像が
    これだけ並んでいるというのはパッとは思い浮かばない。

    三体の十一面観音、目がつりあがった薬師如来像
    腕が欠損しながらも定印を組む阿弥陀如来など
    どれもこれも心惹かれる造形をしている。













    ある仏像は顔をしかめ威嚇をし、またある仏像は
    伏し目で内なる心の声を聞いているもしくは思案しているようだ。




    体の一部がそがれようともそのメッセージは
    拝観する僕の心にも騒がしいほどに伝わってくる。
    そんな仏像空間が丹波には存在した。



    [20110326]

    福知山は数日前から氷点下近くまで冷え込み
    さらに積雪を観測したから
    “ノーマルタイヤだときっついんじゃねーかな”
    と管理者の方には数日前から言われていた。

    大阪の大学生2人と共に
    淀屋橋から向かって宝塚付近で多少の渋滞はあったものの
    予定よりもかなり早く福知山市には到着。
    国道9号線を西へ夜久野方面へ進み金谷集落に差し掛かった。

    この金谷集落はまさに【隠れ里】という言葉が
    ぴったりのロケーションである。



    “雪が心配だったら途中で車で迎えに行ってあげる”と
    温かい心遣いをいただき
    宮垣という集落の入り口に差し掛かったときに
    管理者の方がすでに待ってくださっていた。

    “もっと老人が来るのかと思ったよ”と
    我々の訪問にとても驚かれており
    “雪も大丈夫だから私の車の後についてきてください”
    という簡単な言葉を交わして
    管理者の方の後ろを車で
    どんどんと山の奥へと登っていった。

    そして宮垣を登った岩戸という集落にある
    旧 威徳寺(岩戸観音堂)に到着した。



    この集落は現在はわずかの4戸しかない集落であり
    この時迎えてくださった方は70歳で最もお若いのだという。



    【miyagaki】が正しいのか【miyagai】が正しいのか
    どちらが正しいか区長さんにお尋ねすると
    少々困った顔で【miyagaki】が正しいと答えてくれたが
    そこまで決まりきったものがあるというワケではなさそうだ。

    すでに用意をしてくださっていた観音堂の中に入ると
    驚愕の景色が広がっていた。




    中央の本尊十一面観音は小さなくちびるながら厚みがあり
    体躯としても重厚感のあるどっしりとした出で立ち。
    後ろの光背は千手観音を大きさが若干異なることから
    後補のものかもしれない。



    本尊の隣には藤原と思しき大きな阿弥陀坐像は
    榧材であろうか、大きめの頭部に
    両手はしっかりと定印を組んでいる。





    そして内陣の手前ガラスや本尊の向かって左側には
    この旧威徳寺観音堂の代名詞となる破損佛群がぎっしりと
    並んでおり、それは約140体にも及ぶ。



    手足が破損しその顔も以前はどのような顔をされているか
    わからないのだけれど、この仏像たちはかつての
    隆盛や歴史を体現しており私に訴えかけてきたのだった






    同じ丹波地方には達身寺に
    山岳信仰を中心的に行う、熱心に信仰していた
    集団がおり独特の仏教文化を形成していたと考えられる仏像群が
    存在しているが、この旧威徳寺岩戸観音堂の仏像達もそうした
    特有の仏教文化圏が産み出した名残のような気がした。













    観音堂では現在も地蔵盆を8/23に行っているのだそうが
    外部の人間を入れることなくひっそりと行ってきたそうだ。
    我々を迎えてくださった地元民の方々は

    “昔はおおきな念珠をみんなでまわしたっけなー”
    “お前はやったことあんのか?!いやオレないなぁぁ”

    と、かつての記憶を地元民の方々は思い返していた。

    本寺はなかなか拝観ができるところではないらしいのだが
    この福知山の山奥で古佛たちの囁きが響いていることは間違いない。




    心に深く刻み込まれ、また訪問をしたいと
    切に願うのだった。





    [20110325]

    堺市から八尾市へ

    真言宗高野山派天川山 感応院へ訪問した。



    春日大社の源流を汲み
    『元春日』と言われている恩智神社の神宮寺として
    かつて六坊あったうちのひとつが今に残る

    2年前に完成したばかりの本堂からは
    八尾市が一望できる

    大変親切な奥様に案内していただき
    八尾市の重要文化財に指定されている
    十一面観音を拝ませていただいた





    神武天皇が身を隠した母木があるということから
    母木観音(おものぎかんのん)と呼ばれている

    頭頂部の化仏は小ぶりで
    放射線状に並ぶ



    小さな口に丸顔からは少年のような
    若々しさが感じるコトができた
    衣紋はなだらかで若々しさの中に気品が漂っている


    奥様には大変良くしていただき
    十一面観音の拝観のあと、庫裏で
    大変美しい焼き物で抹茶をいただいた



    ほっと一息ついて野中寺の近くにある
    温泉でこの日の汗を流し1時間ちかく
    半身浴をしていた

    夜は梅田の街を歩いて食べた揚子江のラーメン
    ほっとする味





    [20110324]

    2011年1月  福島県相馬市



    2011年2月 茨城県北茨城市




    そして2011年3月・・・


    こうやって2011年に訪問した


    海沿いの宿屋は
    もう存在してなくて、


    でもそこに人がいる限り
    いつかまた同じ景色が戻ってくることを
    信じてます





    2011-03-24(Thu) 22:25 | トラックバック(0) | コメント(2)
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    [20110324]

    二上山をくぐって
    羽曳野、美原とインターチェンジを抜ける。
    美原南インターチェンジを降りて
    堺市石原町(もと河内国丹比郡石原村)の
    中仙寺を訪ねた


    この石原という地名は
    石原布施屋という布施屋(運脚や役民に食料を給付するところ)
    つまりは現代で言うところの吉野家や松屋など、
    手軽に食事ができる場所のようなところに由来するのだろうか

    中仙寺は大念佛寺(大阪平野区)を総本山する
    融通念佛宗の寺院である。


    ご住職に本堂を案内していただき
    重要文化財に指定されている牛頭天王像
    拝ませていただいた。



    憤怒相をしており頭頂部には名前の由来となった
    牛を置く。そして写真ではわかりにくいのが残念だけれども
    背部に二面を置いている。

    ※興福寺の阿修羅像などをイメージしていただければ有り難い。


    かつては疫病や怨霊信仰を平定させるための
    恐ろしいパワーを秘めた像として信仰され
    ヤマタノオロチを退治したスサノオの本地とされた
    とても荒々しい存在なのだけれども
    この牛頭天王像はどことなく温かみを感じるのは
    藤原期に製作されたことも一因だろう。


    ちなみに牛頭天王は婆利采女とのあいだに
    七男一女の八王子を設ける。

    この子たちも牛頭天王信仰が広まった中で
    全国に信仰されるようになり八王子神社が祀られるようになったそうだ。

    カンのイイ方であればお気づきだろうが
    八王子市の由来はこの牛頭天王と八王子に由来する。

    牛頭天王の像は少ないながら
    まさかこんな身近に牛頭天王とかかわりがあるとは。。



    [20110323]

    朝5時におきた自分は
    今年から発症した花粉症の鼻水を
    春先の寒さと共に吸い込み
    東海道新幹線に乗車した

    新大阪から車で生駒山を貫いたトンネルを出ると
    予定時刻よりもかなり早く奈良に
    到着しそうだったので
    尼ケ辻の唐招提寺を訪問した

    唐招提寺への道のり
    春の光が秋篠川を照らしていた



    前回訪問の際には
    金堂が解体修理していたので
    三体の巨佛は金堂内で初めて
    おめにかかることができた



    中央に毘盧舎那如来



    脱乾漆造りで日本で数少ない
    盧舎那仏の造立例

    右側の薬師如来



    こちらは唯一の平安前期の作

    左側に千手観音



    有名ではあるが実際の千の手を目指し製作された像であり
    5.36mの堂堂たる巨像である

    こちらの三体とも前回の訪問の際には
    唐招提寺敷地内の、入って左側に建てられれていた
    改修工事用の建屋で拝観をし文化財修復という現場を
    間近に感じたことを覚えている

    今回は本来佛たちがあるべきところにおかれた彼らは
    日本を代表する佛としてとても輝いていた。

    この日は新宝蔵が開帳していたので
    例のトルソーや巨大な大日如来なんて
    唐招提寺にはいたのだと驚いていた




    個人的には先日訪問した
    香川県の正花寺聖観音菩薩
    こちらの衆宝王菩薩との対比を重点的に耽っていた。






    衆宝王菩薩のほうが異国風であると感じたのだけれど
    今回の旅の中で出会った知識として

    平面的(表面的)=日本
    立体的=中国

    とするならばこの像というのは
    日本的な仏像と言えるだろうと感じる。


    知人と近鉄奈良駅にて待ち合わせをして
    かつて東大寺と並ぶ巨大寺院であった
    大安寺を訪問した。



    ちょうどこの日は嘶堂の馬頭観音が御開帳であり
    本堂の裏手にあるお堂の中央部の馬頭観音と対峙した。



    顔は極端に中心に向かって圧縮されたような風貌であり
    線はスマートという表現が適切かもしれないが
    一木ならではと言える芯の太さも垣間見ることができた。


    馬頭という名前がついておきながら馬がいない本尊は
    文化財の登録では千手観音となっているそうなのだが
    憤怒相と千手観音とのギャップにクスっと笑ってしまうのだった


    天理市内を抜け桜井市に入いったすぐのところにある
    曹洞宗寺院の慶田寺に伝わる十一面観音像を尋ねた。



    芝村織田氏 織田有楽斎の菩提寺として建立された寺院で
    本堂奥の納骨堂の脇に客仏として伝わった十一面観音を
    一目見たときにその妖艶な佇まいに息を飲んだ




    欅の一木造り 像高は203cm
    頭頂部の菩薩面や髻などから
    欠損してしまっている化仏達もなかなか立派だったのではと
    伺える。厚めの唇や切れ長の目からやはり異国的な風を感じることが
    でき、それは向源寺の十一面観音などよりも呪術的な
    力を感じることができた。



    葛城山、二上山という山並みの東側に広がる
    奈良盆地への入り口にある葛城市の置恩寺を尋ねた。


    ひどい急勾配の住宅街を必死に車を運転させて
    もっとも高台付近に位置する置恩寺からは
    葛城市を一望することができた。


    区長をなさっている井村さんがすでに待ってくださっており
    ご案内いただいた。

    以前こちらの十一面観音を写真でみた時
    頭上の化仏たちが大きく造られていた
    こちらの十一面観音に衝撃を受け、前回は来たかったものの
    都合が合わず、今回念願叶ってようやく訪問することができた。







    ※この顔は・・・。右側なのに笑ってますよねw※

    実際に対峙してみると化仏たちの長さよりも
    本尊の顔の小ささの方が際立つくらいに感じる。
    また肉厚な手からはこの像のもつおおらかさも
    伺うことができる。左側にキュっと捻った腰が
    少しおどけるような姿に見えた。



    像高181,5cm
    久野さんの本では桜木だそうだが実際に井村さんに
    お話を伺うとクスノキだそうだ。



    背面部にも回らせていただいて
    暴悪大笑相を拝むことができた。





    『本堂もみていくかい?!』
    と勧められて本堂にもお邪魔させていただき
    朗らか表情の弁財天も拝むことができた。



    葛城市寺口という住所には
    この置恩寺の訪問のあとに同じ集落にある
    イタリアンレストラン直会倶楽部にも訪問した




    古民家を改築したイタリアンレストランとなっており
    靴を脱いで座敷にあがってイタリアンを食べるという
    スタイルで付近でとれた野菜のアンティパストと
    やや太麺のパスタ、アンチョビソースのペペロンチーノを頂いた。








    個人的にはワイン共に堪能したかったのだが
    この後の寺院を急がなくてはいけなかったため
    お水で我慢をした。

    しかしすぐにお水はからっからになっていたw

    中庭には梅が咲き誇り
    春訪れを感じる



    そして自分の花粉症はピークに向かっていくのであった。。



    [20110322]

    まいける

    ①大福寺聖観音




    ②楽野寺地蔵





    ③金剛定寺阿弥陀 





    会長

    金剛定寺 聖観音




    ②善水寺文殊



    ③金剛定寺 十一面



    顔の翻波式すごいですね。

    自分

    ①金剛定寺 聖観音




    ②来迎寺 聖観音



    ③善水寺 帝釈天






    2011-03-22(Tue) 09:45 | トラックバック(0) | コメント(0)
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    [20110316]

    なかなかブログを書く気分にならないのですが
    これだけは伝えたくて


    災害の影響を受けたすべての皆様に
    追悼の意を捧げるとともに


    1日も早い健やかな
    日々に戻ることを切に願い
    心よりお見舞い申し上げます。


    私の叔父と叔母も仙台、陸前高田
    それぞれで被災をし
    泥や瓦礫の中、頑張って復興に向け
    毎日を生き抜いてます


    こんな時だからこそ日本の全員が
    一つの家族のようにまとまって
    乗り越える時だと思ってます


    その何億何千万分の1人として
    できることを。





    2011-03-16(Wed) 22:48 | トラックバック(0) | コメント(0)
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    [20110308]

    麦蔵は朝日町の工業地帯の一角にある
    うどん専門店



    『かしわ』所謂、唐揚げが美味しいと聞いて

    イサム・ノグチのあとに訪問をした。

    目の前で揚げられるかしわを目にして

    ふー、ふーと二度息をアツアツの唐揚げに
    吹きこみ焦る衝動とその後の余波へのリスクヘッジをし
    心を踊らせながらうどんと唐揚げをかきこんだ。




    麦蔵を出た自分は再び香川市内にある

    cafe柴洋を訪問する。





    3年前から『開けたい、開けたい』と思いながら

    通り過ぎていた、古めかしい扉を開けて中に入ると
    ノスタルジックの空間が広がる。



    市街地とミスマッチした空間は

    まるでタイムカプセルの中に入ったようで
    そこで提供されるごはんも『おはぎ』であったり
    『バナナ豆乳スムージー』だったり
    素朴な料理を愉しんだ。





    善通寺市ICから高速を降りて

    市街地を抜けて甲山の縁をぐるりと回った

    火上山の麓にある曼荼羅寺

    真言宗善通寺派の寺院であり
    四国八十八箇所霊場の第七十二番札所と
    なっている



    納経所の目の前にある観音堂に

    かつての氏も感激したという
    聖観音が安置されていた。



    切れ長の目や変化を見せない

    引き締まった口にはある意味の意思を感じる。



    それは日本的な仏像というよりも

    アメリカ原住民文化の偶像崇拝。
    トーテムポールや土偶などの
    原始の土着した文化を感じる像のような感じがした。


    曼荼羅寺そしてその後訪問した出釈迦寺

    2人の女子大生と思われるペアを見かけた。


    いわゆる歴女の風貌ではなく

    ごくごく一般的な女性であった
    女子学生の間で四国八十八箇所霊場巡りが
    流行になっていたとしたら凄いムーブメントな気がした。

    [20110308]

    自分の姓には那須与一の末裔であると言い伝えられ
    屋島は自分の先祖が活躍した場所。




    朝一にホテルから向かったのは
    屋島の麓にある四国村








    四国村は四国の各地の観光地や
    過去の風土を現代に残すところ



    かずら橋まであった。
    こちらの下は池だったけど
    落ちるかもしれないという恐怖感は
    本物と同じであった




    四国村を出て
    有料道を登っていくとそのてっぺんに
    讃岐を一望できる絶景とともに
    札所である 屋島寺がある



    真言宗御室派の寺院で
    四国八十八ヶ所霊場の84番となっており
    白装束を着た人がたくさんいた


    宝物館にある千手観音坐像を拝観する




    この像とは二回目の出会いだったが
    以前よりも少し小柄になったように感じた。

    全体的な大きさは小さく感じたものの
    内から放たれる鈍い迫力は
    前回を軽く凌駕し、化仏の下にちらっと見せる
    髪の毛がどうにも一定のエスニックさ、
    女性らしさが伺えた。


    平安前期の密教を伝える像として
    四国随一の気品の高さだ





    屋島の有料道を降りてとなりの五剣山へ

    この山の麓にある
    イサム・ノグチ庭園美術館に立ち寄った




    数日前から返信用のハガキにて申込みを行い
    週に3回の営業、また1日に3コマしか
    見ることができない、という申込やアクセスのハードルで
    言えば日本の美術館のなかでもかなり高いところにあるのではと思う



    MTGルームにて所定の注意事項やコンセプトを
    伺い、集団にて庭園美術館へと移動した




    イサム・ノグチ氏の晩年にこの地をアトリエにしたようで
    ここをニューヨークを行き来する生活をしていたそうだ


    愛媛県にある酒蔵を移築してきたというアトリエには
    イサム・ノグチ氏のサインが入った作品とそうでない作品が
    混在する


    一つ一つが無造作に置かれているように見えるものの
    それぞれ、場所そして歴史の風化を計算しイサム・ノグチ氏が
    配置しているという。


    中でも自分はエナジーヴォイドという作品が
    もった伝統的であり未来的な造形物に
    うごめくエネルギーを感じた



    庭園美術館はイサム・ノグチ氏のアトリエであるというが
    石達がこの地に住んでいるよう。




    [木霊]という精霊がいるのであれば
    [石霊]という精霊がこの地には宿っている
    そんな想像に想いを馳せていた。

    [20110304]

    高松駅前でレンタカーに乗って
    丹下健三の遺構を訪問した。









    昔訪問した時は新庁舎は工事中で
    旧・本館と新本館が並んだ景色を
    初めてみた

    丹下健三建築の旧本館は
    威厳のある親分、新本館は脱サラした新弟子
    この二人が並んで香川県を守っていると
    そんな絵が想像できた



    この県庁のすぐ裏にある“さか枝”は
    今回初めて訪問した

    古めかしい長机が3列置かれ
    その向こうでかっぽう着を来た
    おばちゃん達がせっせと、
    うどんや天ぷらをつくっていた



    うどん(中)に穴子天、かき揚げをトッピング
    したのだけれど、このボリュームで400円未満
    という驚きの値段と、その値段らしからぬ
    イリコの効いたコシのある饂飩はとても印象的だった



    さか枝を出て高松駅前から
    西に15分ほど離れたところにある香西寺を訪れた



    到着すると連絡をしていた
    住職の奥様がいらして
    待っていてくださった



    本堂の隣にある毘沙門堂にて
    平安中期~後期に製作されたと思われる毘沙門天と対峙した
    (檜材・101cm)



    “仏像の声を聞いて現在は秘仏ではなく皆様に見てもらおうと思っている”

    “本堂地蔵菩薩開帳の際に手助けをしてくれる人物のお告げがあり
    指定して日に訪問してみると東京に住んでいるハズの人物がそこにいた”

    “お告げの通り住職の書を持っていったら大層喜んでくれた”

    “香西寺の兄弟となる山があり、そこにかつての姫が見ている”

    奥さんの不思議な出来事の話は仏像以上に惹きつける話であった。
    毘沙門天も小さい体躯ながら眼光の鋭さの奥で
    自分たちをどのように見ているのか、怖くもあり楽しみでもあり
    地方佛訪問ならではの醍醐味を堪能できた。

    高松市西山崎町にある正花寺
    香西寺から南に30分ほど下ったところにある。



    一昨年、この像の存在を知って
    県に連絡をすると現在、本堂を改修中とのことで
    改築完成まで待ってほしいと言われていたが
    2011年に入り再び連絡をしてみると
    改築が完了したということで
    今回、晴れて拝観のお願いをさせていただいた。

    先に待ってくださっていた
    上原さんに案内され、改築したばかりの収蔵庫の扉が
    開かれるとそこになんとも言えない不思議な像が立っていた。



    一見、唐招提寺講堂に伝衆宝王菩薩のような像であるけれど
    頭上の宝髻はよみうりランド所蔵の観音のようであり
    しかし顔はやや強張ったように口を閉じる。
    (桧 148cm)







    ※よみうりランド所蔵 聖観音※


    唐招提寺伝衆宝王菩薩※


    登録上、分類が難しいがために聖菩薩立像と
    名付けられた像を中心に、そのまわりには
    舎利弗、目連、霊照女が並んでいる



    奈良博館長であった倉田文作氏がかつて無いほどの
    驚きを得たとこの像を発見した時に漏らしたそうだ。

    倉田文作氏に見出されその後、西村公朝氏の手により
    修理を受けた本尊は奈良~平安初期にかけての
    仏教の転換期の中で様々な文化影響、
    その流れの中心にあったのだろうと
    想像ができた


    かつて奈良博物館では伝衆宝王菩薩とこの像が
    隣り合って並んだ時は上原さんは大層嬉しかったのだそうだ



    この像は重要文化財の指定だけれども
    その名の通り、国宝の仏像と肩を並べるほどの
    魅力的な像に出逢うことができた


    そして上原さんの肌つやの良さに釘付けになった(笑)

    西山崎町をあとにして綾川町滝宮へ向かう。

    かつての綾川寺の本尊が堂床区(どうとこく)の管理となり
    現在滝宮神社の境内一角の小さな収蔵庫に安置されている。



    今回教育委員会の方に特別に開けていただき
    十一面観音像を拝することができた。




    教育委員会の方に質問され考えてみたところ
    すらっと伸びた身長顔はやや強張った表情で
    平安中期ころの作だと感じた。


    綾川寺が廃仏毀釈の影響を受けた際に
    この地に移転してきたと伝えられている。





    教育委員会の方は佛像に関して知識はあまりなかったものの
    本尊が置かれている収蔵庫はやや痛みが進行していて
    佛像が心配だ、という話をされていた。
    そういう地元の人に大事にされてまた佛像もこの地を愛し
    ずっと見守ってきている十一面観音、
    、そんなように想像を巡らせた。
    (桧材 177cm)


    近く綾川町の郷土資料館を新築し
    移すことを検討しているのだそうだ。
    そうなればこの像もこの地域の方も少し安心するのであろう。




    丸亀市猪熊弦一郎現代美術館に訪問も
    臨時休館とフラれてしまい、その時にはすでに他の
    美術館も閉まっているということで、高松市に戻ることにした。



    ふとナビを見てみると善通寺市を通ったときに
    長田in香の香のコトを思い出した カラダは“ひや”を求めていた






    途中、仏生山温泉のコトを思い出して
    立ち寄り湯で今日の汗を流した





    仏生山温泉の前の道はとても狭いにも関わらず
    交通量が多くて、運転しづらいなぁ・・


    前回はぬるい温泉、でもこの日はわりとアツアツのお湯で
    寒空の下ぬくぬくと入ったお湯はきもちよかった

    ホテルに一度立ち寄って荷物をおろし
    高松市街地にある一鶴を目指す

    高松市内を歩いたんだけど
    とても住みやすそうな街
    アーケードの中心にはパラソルワールド







    あるいてあるいて
    一鶴の骨付き鶏に有り付いた







    ハイボールにはこのスパイスがたっぷりかかった鶏が
    相性抜群だった


    昼のうどんが効いたのかな、
    鶏を一本食べたらすぐお腹いっぱいになった


    お腹がいっぱいになったら
    眠くなる、ということでホテルでベッドに横になった途端、

    眠気が自分を包みこみ



    深い、深い
    無へ



    [20110302]

    南寺をあとにして
    「きんざ」以外の家プロジェクト

    「角屋」「護王神社」「石橋」「碁会所」「はいしゃ」

    を巡った。











    以前も何度も巡った家プロジェクトも

    極楽寺の一件からまた違った側面が
    みえてきた気がした。

    昨年の芸術祭が終わり

    次なる隆盛の前に島全体として
    一息着いている、

    休息時間に訪問したような

    そんな気がした。


    そこらじゅうに犬や猫が歩き

    数年前に比べてカフェも相当数増えた。
    食事処が乏しい島において
    ほっと休息できる場所が増えたのは
    とても有り難いことである






    直島にある

    ともに安藤忠雄建築の
    2つの美術館を訪問する


    地中美術館は昨年の芸術祭の時には3時間待ちだったと

    繁忙期に訪問した会社の後輩は話をしていた

    この日は平日ということもあってか

    訪問客は4組程度

    地中美術館チケットセンターから美術館までの

    モネの庭園を歩き、入り口につくころには
    それぞれバラけてプライベートアートミュージアムのような
    形で中に入ることができた



    [モネ]、[ジェームズ・タレル]、[ウォルター・デ・マリア]

    この3人の作品しか存在しない美術館は
    一つ、一つの作品が自分を包み込むかのような
    存在感を放っていた



    李禹煥(リ・ウーファン)美術館

    2010年に新しく直島に完成した2つ目の美術館




    コンクリートの谷を歩いていくと

    ギャラリーに続く。

    美術館の前に高くそびえるコンクリートは

    この島と本土と交信するシンボルのように感じた。


    ギャラリーの中央に無造作におかれた岩、

    水の流れのような青のライン、
    作品たちは作品同士だけでなくこの土地とも
    有機的に繋がり、調和している。


    海岸沿いをしばらく歩いて

    文化大浴場に差し掛かると、落ち木を拾いにきたという
    ひとりの老人と出会った



    声かけられ文化大浴場のまわりの岩について

    話を伺った。



    “この岩は中国から持ってきたもの、そして干支を意味している”


    よくよく岩を見るとなるほど

    ドラゴンの形、ねずみの形、その老人にそう紹介されると
    ただの岩も動物の顔のように思えてきた。


    ベネッセハウスの坂道を登ると

    ちょうどホテルへのチェックインの時間になったので
    部屋へと向かった


    部屋は宿泊者専用のケーブルカーに乗った高台にある

    ベネッセハウスのOVALとされている宿泊棟である




    急勾配を約5分。すでに15年の歳月が経過したという

    ケーブルカーは少々不安だった。



    部屋からは瀬戸内海、瀬戸大橋が一望でき

    お天気に恵まれたことが幸いし全てを見渡すことができた









    自分の好きな色調で統一された部屋は参考にさせて

    もらおうと頭にメモした



    翌朝はベネッセハウス内にあるミュージアムを

    散策してホテルをあとにする


    農協前の乗り換えバスに乗って

    島の北側に位置するうどん屋[山本うどん]を訪問した。



    生協のとなりの少ないスペースで営業しているうどん店で

    バスの時間にハラハラしながらあつあつの
    かまたまうどんを頬張った



    なんとかバスに間に合うことができ

    目標のフェリーに乗り込み
    再び高松へと戻った

    島の滞在は普段感じることのできない

    時間の縮尺でリフレッシュすることができた




    [20110301]






    寝台列車 東京発22:00発の高松行 夜行列車に乗り込む。
    手元には夜食である駅弁を抱えて。



    寝台列車とイメージしていた内部構造とは
    真逆の綺麗な内装だなぁと思いながら
    横になって本を読んでいると
    いつの間にか眠りにつき再び目が覚めたのは、
    これから瀬戸大橋を渡ろうと橋の袂に
    差し掛かっていたところだった。



    瀬戸内工業地帯の工場群の煙を横目に
    四国・高松に到着した

    駅の中にあるうどん屋で体を温めて
    駅からほど近いところにある港で
    直島行のチケットを購入した







    雨が降るかもしれないという予報の中
    出航したフェリーは晴天の中を約1時間かけて
    直島の宮之浦港に到着した。



    ホテルのバスがすでに止まっていて
    乗り込んでほどなく出発した



    チェックインができない時間に到着してしまい
    荷物をフロントに預けて、目的地へ向かおうとすると
    そこへ向かうバスがすでに行ってしまったことに気がついた

    “これから歩いて向いますので、30分ほど遅れてしまいそうです”

    と電話で連絡をすると

    “これから車で迎えにいきます、今どちら?”

    と初めての訪問者にとても優しくしてくれた。

    【つつじ荘】前で待っていると正装の住職がお寺から
    いらしてくれ、車に乗せてくれた。



    “直島は交通インフラが整っていないんだよね”

    そう言って、漁業と三菱マテリアルの工業としての島から
    観光の島への急激な変化に対応しきれていない現状を嘆いていた。



    島の集落の中心地にある極楽寺の本堂は
    唐様式を持っており、現在は15年前に高野山の修行僧だった
    現在の住職を島に迎え町の祭事を執り行っている。



    本堂で県文化財の阿弥陀如来を拝する。
    薄暗い本堂の中、藤原期の丸みを帯びた如来が
    本尊厨子の左側に鎮座する。



    肉髻が低く如来というよりもより
    人間に近しい僧形の如来だというように感じた。

    この像は現在家プロジェクトの安藤忠雄建築・ジェームズ・タレル作の
    “南寺”=正式名称[摩尼山観音院地蔵寺]の本尊を
    廃仏毀釈の影響受け廃寺になってしまった
    南寺からゆずり受けたものだと記憶では伺った。

    James Turrell “南寺”


    摩尼山観音院地蔵寺の通称が“南寺”
    そして極楽寺の通称が“中寺”となり
    かつては“北寺”と呼ばれるお寺も存在していたが
    現在残っているのは中寺である極楽寺だけであるそうだ。



    廃仏毀釈の余波はこんな瀬戸内海の小さな島ですら
    飲み込んだものだったのかと、先日訪問した
    荘厳寺の年表を思い返していた。


    極楽寺を出て、現代アーティストの手によって
    今では変わり果てた姿となった“南寺”を訪問した。


    家プロジェクトの1作品として
    暗闇の中、かすかな光・空間を感じる
    体感型のインスタレーション



    タレルによって産み出されたかすかな光に
    まだこの地に“南寺”が生きているコトを
    訴えている光のように感じた。




    それを表すかのように南寺前の公園の隅には
    小さな祠がまだひっそりと佇んでいる。




    ※[護王神社]の祠※





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    とても魅力的な記事でした!!
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